イライラする
この学校には不良グループがいるのは生徒全員が知っていた。そして、いくつかあるグループはそれぞれ街の中にナワバリを作っていた。ほとんどのグループはナワバリに入らなければ絡んでくることはない。それらのナワバリは大抵、裏路地だったり、校舎裏だったり、橋の下だったりする。要するに、影になる場所だ。しかし、ナワバリを持たず、他人のナワバリを荒らしている者もいる。
「ぐあ」
「なんだおめ! くそっ」
「あーあ。こんなやつばっかりかよ。口だけだな」
黒いパーカーで顔に影を落としているが、わざわざ正面から殴りにいってやってるのに全く反撃もしてこない。口で不良と言っているだけの、はりぼてヤンキーだ。中々、面白いあだ名じゃないか。
「おい。ここが誰のもんか知ってて来てんだろうな」
全体的に大きな、他の奴よりは骨のありそうな見た目。腕は太く、その胴体にも脂肪がまとわりついている。実際、ボディを殴るときに脂肪があるとないとじゃ、通るダメージが違う。動きは遅いものの、一撃でも当たれば細い俺は倒れるだろうな。倒れちまえば、あとはマウントとって殴りまくられる。まぁ、そんなヘマできないほどには攻撃が遅いんだが。
「そんなもんかよ」
相手の突き出された拳を避けて、顔面にカウンターを叩き込む。相手の鼻のてっぺんを潰してやる。
「んがっ」
顔面に攻撃を受けた相手は耐えられず、右足を一歩分下げた。誰しも顔を殴られればそうなる。だから、そのまま顔面狙って追撃する。もう一度、顔面の真ん中に拳を叩き込んだ。その衝撃に相手は地面に倒れ、こちらを涙目で見ていた。
「か、勘弁、勘弁してくれ。もういいだろ?」
あっけねー。まぁ、ここら辺の不良は大体こんなもんだ。俺が戦って、引き分けたのはブドウカと言う奴だけだ。
「ちょ、ちょっとやめて! 触らないで!」
何も考えずに裏路地を歩いていると、奥からそんな声が聞こえた。こんな暗がりじゃ誰も助けにきやしないなと思いながら、その場所に近づいていく。たまたまその場所が進む先にあるだけだ。もし、俺の邪魔をするなら殴るだろうが、わざわざ助けてやることもない。
「いや、やめ、やめてよ!」
路地裏に響く悲鳴が耳に刺さる。うざったい。イライラする。助けるなんてわけでは決してない。でも、ストレスの原因は取り除かなくちゃな。
そのまま裏路地を進むと筋肉質な男とひょろい男が二人で、どっかの学校の制服を来た女を脱がそうとその服に手をかけていた。相変わらず、甲高い悲鳴が耳を刺す。イライラが募る。
「おい。てめぇら邪魔だ」
発言と同時に、ひょろい方のみぞおち目掛けてパンチを繰り出す。相手からすれば、振り向きざまの不意打ちだったろう。でも、仕方ない。イライラしてるんだ。
「んだ、てめ!」
まるで、オークのような片言と共にその大きな拳を突き出してくる。しかし、遅い。当たれば、なんて技は意味がない。突き出された腕を脇と胴の間に挟み、そのまま背負い投げの動作をして、途中で手を離す。相手は壁に叩きつけられ、口から空気が漏れた。
あまりに弱くてイライラが全て収まったわけではないが、ひとまず落ち着く。
「あの、あ、ありがとうございました」
そういったのは、目を回している男たちに襲われていた女だった。闇に紛れない黒い瞳と影のせいでより綺麗に見える桜色の唇。見た目は誰が見ても美人と言いそうだ。
「ああ? こんなとこにくんな。連れ込まれるな。あんたみたいなやつがくる場所じゃねえだろ」
「ご、ごめんなさい。でも、抵抗できなくて」
おどおどした様子なのが気に食わなかったが、それは二人に襲われていたからだと自制する。
「はっ。そうかよ。じゃあな」
「あっ、あっ。ご、ごめんなさい。表通りまでの道がわからないんです」
「はぁ。わかった。そこまでは連れてってやるよ」
こんなところで言い合っていたら、また誰かに見つかるかもしれない。こいつを守りながら喧嘩なんて、ふざけたことはしたくない。それならさっさと連れてってやった方がいいと考えたまでだ。
無言のまま、女を引き連れて歩き、表通りまで来た。日の下に出るのは、眩しいから嫌だった。
「ついたぞ。案内はここまでだ。いいな」
「あ、ありがとうございました。その、お礼を……」
「そんなのいらねぇから、もうここに来んじゃねぇぞ。じゃあな」
女に背を向けて、裏路地に戻ろうとした。
「ちょ、ちょっと待って」
それを俺の袖を掴んで止められた。イラっとする。
「なんだ」
うぜぇ、と続けようとして自制する。女と子供にはそういうことはしない。それは自分に課したルールの一つだ。
「あの、せめて、名前。名前だけも」
「は? もう関わるな。俺にじゃない。こういう場所に、だ」
今度こそ、話すことはないと背を向けて、裏路地の奥まで入った。
――くそっ。イライラするぜ。
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