青春とは真反対
今日は学校行事の体育祭の日。こういうイベントごとが好きな奴らは、友達と仲良く練習していたみたいだが、俺はそういうことはしていない。そもそも、学校祭ですら、大した参加はしていない。与えられた仕事をこなし、当日は学校にすら来ないのだ。体育祭はサボることが許容されていないから来ているまで。体力テストで、足が速いからと言う理由で、リレーではアンカーを任された。そのことに特に反論はないが、とにかく面倒くさい。それに、どれだけ先頭と話されていても、負ければアンカーが悪いみたいになる気がして、それが気を重くしている。
「はぁ、だるい」
そして、そのリレーが始まろうとしていた。男女混合リレーで女子からスタートして、偶数の走者は男子、奇数の走者は女子だ。参加人数は合わせて十人だ。他の生徒は柵の外から声を上げて応援している。もちろん、俺を応援している人などはいない。
「がんばろ!」
「あ、ああ」
唐突に後ろから肩を叩かれ、とっさに振り返りながら、そういうしかなかった。後ろには同じクラスで、たまに業務連絡をしてくれていた女子だ。栗色の髪が顔の輪郭を覆い、大きな茶色の目が幼子のようで、可愛いといった印象の女子だ。同じクラスだが、名前は思い出せなかった。彼女はその返事でよかったのか、満足げな笑顔をして去って行った。その背後を目で追えば、他の人にもそうやって声をかけていた。青春って感じの女子高生だ。俺とは違うな。
「それでは、クラス対抗リレーを開始します。第一走者はスタート位置についてください」
アナウンスが入り、校庭に白線で描かれたトラックの四隅にそれぞれ、四人ずつ引かれたラインに並ぶ。ちなみに、最後の二人はトラックを半周しなくてはいけない。それがより責任を負わされている気がして、気分も上がらない。
スタートして、既に第八走者までバトンが渡っていた。あまり差はないものの、一位は俺のクラスだった。バトンが次の走者にわたる。ここからはトラックを半周しなくてはいけない。そして、第九走者は始まる前に、色々な人に声をかけていた、栗色の髪の彼女だった。必死な様子で手足を動かし、後ろとの距離を空けていく。
――これならそこまで本気で走らなくてもいいか。追いつかれない程度で。
そう考えていたのが間違いだった。第九走者の彼女がコーナーのところで砂で滑ったのか、盛大に転んだ。必死に走っていた人がその勢いで転べば、そうなるだろうと言った様子だった。服は砂だらけで、足は擦りむいたのか、血が出ている。それでも彼女は立ち上がった。痛みに耐えて、こちらに走ってくる。速度は落ちているが、確実にこちらに来ている。もう、二位のチームはバトンを最終走者に渡している。三位ももうすぐ最終走者だ。
「ごめん。お願い」
彼女がバトンを渡すとき、彼女の顔を見た。見てしまった。そこまでして、このイベントに何を込めているのか。精いっぱい生きていて、キラキラと綺麗なその彼女の見ているものが気になる。その世界が気になる。少しだけで触れてみたい。そう思わせるほどに、彼女のその言葉と表情が心に直接話しかけてきた。
バトンを渡され、正面を見る。三位の背中はすぐそこだ。二位もそこまでじゃない。そこから少し間は空いているが、本気を出せば一位になれる。
そう思えば、気楽なものだ。足を動かす。手も振る。コーナーの前に二位になり、コーナー手前で一位の後ろに着く。コーナーを抜けて、一気に一位を抜かす。あっという間に一位だ。ゴールはすぐそこ。このスピードを落とす必要はなく、その勢いでゴールする。
徐々に勢いを殺し、ゆっくり歩く。汗が顔を伝うのがうざったい。それを服の首元で拭う。その間、周りの時間がゆったりしていたように感じていた。しかし、それも終わり、うるさい集団が周りで騒いでいた。それが近づいてきているのが、理解できた。視界をその方向へやると、第九走者の周りに人が集まっていた。そして、それ以外の人が俺の方へと来ていた。大量の人がこちらに向かってくるのは中々、恐怖心をあおってくる。
「スゲー! あそこから一位って、マジかよ!」
「速いのはわかってたけど、あそこまでか!」
そういったような、多分、俺に向けられた賛辞だった。俺はどうしていいのかわからないので、茫然とするしかない。頭にあるのは、この勢いで胴上げとかされないだろうか、という心配だった。と言うか、前の走者は大丈夫だろうか。そう思ったところで、俺の正面にいた人たちが海を割ったような風に、そこに穴をあけた。その理由がわからず、頭も働かない。そして、衝撃が俺を襲った。正面から来た衝撃に思わず目を閉じ、踏ん張りがきかなくなって後ろに倒れこむ。何かが抱き着いてきている感触があり、それを守ろうと片手で抱き、もう片方が地面へと手を伸ばす。尻が地面に叩きつけられ、口から空気が漏れる。そして、目を開ければ、そこにいたのは第九走者の彼女。彼女も目を瞑っていて、それが開けられて俺と見つめあう形になる。キラキラした綺麗な瞳だった。
「あの、ずっと前から好きでした! お友達になってください!」
彼女の言っていることは耳には入っていた。しかし、理解が追いつかない。周りにいた人たちは、一拍おいてはやし立てるようなことを言って騒いでいた。俺の頭も状況を理解し始め、言葉についても理解が出来た。会話能力の低い俺はとっさに気の利いたことなど言えない。ましてや、好意をぶつけられたのは初めてなのだ。
「あ、ああ。よろしく」
それを聞いた彼女は、誰よりも何よりも輝いている綺麗な笑みで、俺にきゅっと抱き着いた。
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