張り詰めてないでさ
料理上手。運動もできる。テストでは学年一位。姉は完璧な人間だ。家の中でも、あまり気を抜いている姿は見たことがない。風呂の中から歌声が聞こえたときは驚いたが、気を抜いているのはそういうところだけ。
それが俺の
「義姉さん、手伝うよ」
皿洗いと、掃除くらいは俺がやると言ったことがあるが、拒否された。だから、こうして手伝うことしかできない。食い下がって、自分でやると言い続ければ、義姉さんも折れたと思う。しかし、なんというか、楽をしたいという本音を置いておいても、義姉は家事をすることに責任を持っているようだった。家事だけでなく、学校でも仕事として任された仕事に関しては手伝うのはありでも、仕事をそのまま誰かに渡すことはない。家事も、俺に取られるのは我慢がならないのだろう。だから、俺は手伝うと言いつつ、義姉よりも作業を多くやる。大変な作業の方を手伝う。
「うん、ありがとう」
「お礼なんていいよ。俺もこの家に住んでるんだからさ」
「それでも、嬉しいと思ったんだ。お礼くらい、言わせて」
とことんきっちりとした性格で、どうにも損を多くしているような気がする。その分、と言うわけではないが、義姉には色々プレゼントしている。それでも、足りないと思えるほど、義姉は頑張っていると思う。それを義姉に言ったところで、わかってくれるか、なんてことは言わないと思う。
「私はお風呂に入ってくるから」
そういって、義姉は風呂に入った。俺は暇つぶしがてら適当にテレビをつけて、スマホを弄る。特に何か面白いと思っているわけでもないが、義姉が近くにいないときの俺はこんな感じだ。
――何とか、もう少し、緩んでくれないかなぁ。
「ほら、起きろ」
久しぶりに義姉に起こされた。しかし、今日は土曜日。学校はないはずだが。と、そこまで考えて、今日の予定を思い出した。義姉と一緒に買い物の日だ。
「ご、ごめん。義姉さん! 今、支度するから!」
時間も確認せず、布団から飛び起きて、顔を洗いに出る。
「あ、ちょ、そんなに」
後ろから義姉が何か言っているようだったが、それが何だったのか、俺にはわからなかった。それよりも、義姉との買い物に出遅れてしまったという思いが、焦りに繋がる。義姉との買い物は他の人にとっての買い物とは意味が違う。義姉が羽を伸ばして、楽しそうにしているのが、この買い物のときなのだ。一緒に家事をしているときも楽しそうではあるが、この買い物はそれ以上にストレスなく過ごしているようにみるのだ。だから、そのスタートに不備があってはいけない。そう思っていたはずなのに、今日は寝坊してしまった。
「義姉さん。ごめん、待たせた。買い物、行こう」
全ての支度を終えてリビングに入ると、義姉はテレビを見ながら、お茶をすすっていた。そこで初めて時計を見た。出発までまだ、少し時間がある。義姉は俺の顔を見て、仕方ないな、みたいな笑顔になって笑った。
「急ぎすぎだ。全く人の話も聞かないで」
「ご、ごめん。でも、義姉さんと買い物に行くの好きだから、寝坊したと思ったら焦ったんだよ」
「……。んんっ。とにかく、少しゆっくりしなさい。ほら」
咳ばらいをして、義姉は自分の座っていたソファの隣をトントンと叩いて、座れと示す。俺は小さくなりながら、義姉の隣に腰を下ろした。
「飲む?」
姉の持っていたお茶を差し出されて、少しだけ戸惑う。義姉は自分の使った食器などを洗わずに人に使わせることはなかったからだ。それに、それは……。などと、考えているうちに、義姉は俺が飲まないと判断したのか。そのコップを自分の方へと戻す。安心したような、残念なような気持ちが現れたが、それが顔に出ないように努める。
「さて、そろそろ行こうか」
それに頷いて返事とし、家を出た。空は青く、多少雲はあるもの雨が降りそうな予感はない。まさしく、買い物日和といった天気だ。
「いい天気だね。義姉さん」
「そうだな。こういう日はピクニックでもすれば気持ちいいかも」
義姉さんとピクニックするのも楽しいかもしれない。そう思いながら、デパートへと向かう。
デパートには人が多く行きかっていた。
「義姉さん、手」
「うん」
昔からの癖だ。この年になっても人通りが多いところでは手を繋いでいた。義姉もそれを嫌だと言ったことはない。俺から提案しなければ、義姉から提案されていただろう。
「あれ、先輩?」
後ろからの声に振り向けば、俺には見覚えのない顔であった。隣の義姉の顔を見ると、声をかけてきた女性に笑いかけている。
「こんなところで奇遇ですね。何買いに来たんですか」
「食品がメインだな。それ以外は見て決めるが」
「そうですか。それじゃ、邪魔しちゃ悪いですし。私はこれで」
そういって、彼女は手を振って去って行った。
「邪魔しちゃ悪いって……」
義姉はそう言って、繋いだ手を見た。微かな、あ、という声が義姉の口から漏れた。みるみる顔が赤くなって、ついには繋いだ手を離して、顔を覆う。
――え?
姉がそんなに照れているのは、考えるまでもない。そこまで行く過程をしっかり見ていたのだから。しかし、認識できていても理解は追いつかない。
「……え?」
俺は茫然としたまま、口を半開きにして、義姉を見つめることしかできなかった。
「あの人たち、顔まっかー!」
近くを通った子供の声が、耳に残った。
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