白髪の少女と。

 進級と同時にクラスが変わる。一年のころに見た顔が半数。友達もクラス内にいる。緊張とかは特になかった。一年のころと変わらず、読書が出来ればそれでいい。


 そう考えていたのは、本当に最初の最初だけ。教室に用意されていた席が全て埋まり、自己紹介をしようと言う一番目の企画で、ようやく本から目を上げた。その瞬間、それ以外は一瞬で見えなくなった。何度も本では読んでいた一目ぼれの瞬間。まさか、自分がそれをするとは思わなかった。


 その少女は光を反射するほどの白い髪を持っていた。後ろから見えたのはそれだけだった。それでも、その髪がとても綺麗だった。後ろの席からではどうやっても、彼女を正面から見ることはできない。


 彼女の自己紹介は小声で、聞き取れない部分もたくさんあったが、綺麗な声なのはわかった。正面から見るだけではなく、会話もしたい。その水の入ったグラスを弾いたような綺麗な声を聴きたい。


 全員の自己紹介を終えて、とりあえず、今日はもう帰るだけになった。これはチャンスと考え、白髪の美少女に話しかけようと行動しようとした。しかし、立ち上がっただけで、次にどうすればいいのかわからない。物語なら、主人公はこんなところで躊躇わない。簡単に人の壁を越えて、仲良くなって、相手の問題を解決して、絆を深める。だが、残念ながら主人公ではない俺にはそんな勇気はなかった。


――人に話しかけるのって、どうやるんだっけ。


 そう考えてしまうほどに、緊張していた。彼女以外なら誰にだって、簡単に話しかけられるだろう。しかし、彼女だけは駄目だ。最初の一言で嫌われたらどうする。笑顔で話しかけられるのか。どんな話題がいいんだ。そもそも、最初にどうやって話しかける。色々なことが頭の中を駆け巡る。立ち上がったまま、停止し、気づいたときには白髪の彼女はいなくなっていた。


――俺ってここまで、だったか?


 自身がないとかそういう問題では無いのだ。そういう体験がないから、どうしていいのかもわからない。一人称視点の本を読んでいても、結局は主人公そのものではなく、主人公を内側から見ているに過ぎない。恋愛シミュレーションでも、主人公ではなく、それを観察しているだけなのだ。つまり、恋愛の疑似体験すらしたことがない俺はこの心をどう扱えばいいのかすらわからない。


 どうにかして、話しかけたい。頭の中で何度もシミュレーションする。うまくいっているように感じるが、それはシミュレーションだからじゃないのかと何度も思う。その度に、もうそれはシミュレーションの意味がないのだと、自分に突っ込む。


「はぁ」


 読書をしていても身が入らない。すぐにあの白髪の美少女のことを考えてしまう。既に、彼女の背を見守るのも二日立っているが、彼女の顔を見たことがない。そもそも、誰かと話しているところを見ていない。あそこまでの美少女だと、誰もが気後れするのだろう。俺の思い込みかもしれないが、彼女の背には寂しさがある気がした。


――嫌われないかもしれない。それより、彼女の背の寂しそうなのが気になる。


 好きな女の子の寂しそうな背を思い出す。それはただの妄想かもしれない。それならそれでいい。寂しい女の子などいなかったということだ。いいことじゃないか。


 よし、明日は話しかける。




 翌日、放課後。さすがに、人まで話しかける勇気までは出なかった俺は、その時間まで待っていた。そして、ホームルーム後、すぐに帰ろうとする彼女の背を追う。玄関で彼女に追いつき、話しかける。振り向いた彼女の顔には綺麗な赤い瞳がついていた。宝石、と言う例えは陳腐だと思っていたが、いざそれを目の前にすると、その例えしか思い浮かばなかった。そして、それは理性をすり抜けて、口から出た。


「綺麗」


 その声が彼女に聞こえたのかはわからない。それでも彼女は俺の目を見て、少しだけ頬を染めたように見える。


「あ、その」


 我に返り、彼女の顔を改めて見つめてしまう。何か、言わなければ。


「あ、そ、そうだ。一緒に、帰らない?」


 ナンパのようなその言葉に、彼女はすぐには返事をしてくれない。しかし、すぐに彼女は頷いてくれた。




 空には太陽があった。地上を照らしていた。その陽の下の、白い髪はキラキラしていた。まさしく、彼女は美少女で、これからも隣にいたいと思った。

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