思い出の優等生
たまたまだ。そう、たまたま。話を聞いたから、公園に行こうと思ったわけじゃない。そうだ。たまたま、そういう気分だったんだ。
自分への言い訳を考えながら、玄関から出た。家の前の道路は狭いので、左右を見てから道路へと出ようといつもの習慣だ。そして、その行動が自身の助けになることもある。今回は車は来ていなかった。自転車も通っていない。しかし、二つ隣の家にから、見覚えのある人が出てきていたのだ。たった今話を聞いたからそう思っているだけかもしれない。でも、声をかけないという選択肢は消えている。
思い出の恋心。昔の想いはもう、この胸にはない。しかし、成長したこの心には新たに生まれるものがある。名前はきっと同じで、恋心なんだろう。
「あの、マリねぇ、ですよね」
勇気と言うより、ただの勢いで、綺麗な女性に声をかけた。わざわざ俺が正面に出ていったので、彼女が振り返る必要はなかった。そして、その顔を確認すると、やはり、幼い頃にみたマリねぇの顔だった。
「その呼び方、もしかして、ユウちゃん?」
そう呼ばれて、幼い頃の誰からもそう呼ばれていたのを思い出した。マリねぇは目を丸くして驚いている。しかし、すぐに彼女は視線を下に向けてしまった。
「ごめんね。今、ちょっと用事があるの」
普段、誰かにそういわれたら俺は引き下がる。用事があるなら仕方がないね、と。でも、今回は引き下がれない。なぜだか、ここで自分と彼女とを繋げなければ、もう繋がりがなくなってしまう気がしたのだ。
「奇遇、ですね。俺も、買い物があるんです」
俺は卑怯者だ。彼女が優しいことを知っていて、そういったのだ。彼女が次にいう言葉を引き出したかった。
「じゃ、じゃあ、一緒に、行く?」
俺はそれに頷いて、彼女の隣に並んで歩き始めた。
彼女は何か話そうとしているようだが、何も言わない。俺を見ては口を少し開けてはすぐに閉じて、前を向く。俺の覚えている記憶とは全然違う。もっと堂々としていて、優しい人だった。でも、その少しおどおどした姿が、俺には可愛いものとして映っている。幼い頃に見た完璧さは今はそこにはない。
「無理して話さなくてもいいですよ。話せるようになるまで、待ってますから」
「う、うん。ありがとう」
会わなかった時間は思ったより長い。この人がこうなってしまうだけの何かが起こってしまったのかもしれないし、あの時はただ余裕があっただけで元からこういう気質を持っていた人だったのかもしれない。
今はどちらでも構わない。ここからまた、始めるのだ。既にこの心にあるのはあの時の無邪気で幼いものじゃない。繋ぎとめる力もある。幸いにも家は二つ隣なだけなのだ。会いに行けないわけでもない。
今この場所、この時からまた始めてやるのだ。
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