助けるなら

 目の前に、襲われている女の子がいたらどうするか。きっと、誰もが当然助けるという選択をすると思う。俺も他人事ならそう言っていただろうし、現にそういう妄想をしたことがある。しかし、そういうことをしていても、いざその状況が目の前に展開されれば、体が動かなくなることを知った。全く足が進まない。男三人で、一人はナイフを持っているようだ。そんな状況で、素手で助けに入ったところで何が出来るだろう。


――いやいや、警察だ。そうだ。


 電話するだけ電話して、そのあとどうするというのだ。到着する前に彼女が何かされる方が先に決まっている。警察が来れば、人質にされるかもしれない。


――くそ。ままならない。


 いっそ、勢いだけで行動できるならそうしたい。飛び出した手前、何とかするしかないと思えるかもしれない。


「あんた、何してんの?」


 後ろから声をかけられ、ゆっくりと後ろを向く。黒いパーカーのフードを目深にかぶり、その奥から目が光っているのが見えた。いかにもヤバそうな見た目の男だ。


「どした?」


「いや、なんか覗いている奴がいただけ」


 パーカーのやつはへらへらしながら、俺の腕を掴んで三人がいる方向へと連れていく。振りほどけるほどの力で掴まれてはいるが、振りほどいて逃げる前に閃いた。


――これはチャンスだ。


 何とか隙を作れば、彼女だけは逃がせるかもしれない。意表を突けば、怯ませることはできる。その隙に逃がそう。幸い、俺がすぐに何かするとか考えていなさそうなので、一度だけなら隙を作れるだろう。


 少し待って、三人が女の子から離れるのを待とうと思ったが案外すぐにチャンスは来た。迷わず、ナイフを持った奴の顎を狙って、掌底を当てる。思惑通り、ふらふらと後ろに下がって倒れる。それを見ているだけの他の三人は隙だらけだった。この場に最初からいた男二人にも、同じ技をお見舞いして倒す。そうしている間にパーカーの男は状況を少し理解できたようで、俺に向かって蹴りを放ってくるが、不意を突かれたわけでもないので、そんな攻撃には当たらない。相手は蹴りを躱されると思っていなかったのか、そもそも蹴りの後に隙ができると思っていなかったのか、完全に俺に背を向けた状態になる。俺は無防備なその背中に寄り、相手の首を締め上げる。締め技だけは相手を殺してしまわないように、落とす。


 終わってみれば、俺の考えすぎだったらしい。この体格では、苦戦して女の子を逃がせないかと考えていたが、この程度なら、普通に助けに入っても問題なかっただろう。注意すべき相手は凶器を持っていた相手だけだった。


「大丈夫?」


 相手は完全に伸びてるため、女の子を安全に連れ出すことができる。腰を抜かしているのか、地面に座ってしまっている彼女に手を伸ばす。戸惑いながらも、彼女はその手を掴んでくれた。ぐっと引き上げて、彼女を立たせる。


「さ、行こ」




「あの、ありがとうございました。その、お強いのですね」


「まぁ、そこそこ」


 誰かを助けた後の質問は大体これだ。だから、いつもと同じ返事をする。実際、先ほどのチンピラよりは強い自覚はある。


「ここまでくれば、大丈夫じゃないかな。送っていった方がいい?」


「あ、いえ。家もすぐそこなので」


「そっか。じゃあね。気を付けて」


 会話も大してせず、一方的に別れを告げる。根掘り葉掘り聞かれるのは好きではない。最初に助けた人から色々聞かれて、今はこうして別れるようにしているのだ。


「あの、名前だけでも。その、お礼とか」


「別にいいよ。お礼なら、次は襲われないようにしてほしいってことくらい」


 それだけ言って、彼女から離れる。これ以上話すことはないのだ。


 それにこうする方が格好いいって、師匠も言ってたし。


 

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