わがまま姫
「ねぇ、傘持ってる?」
「これしかないよ」
「そう。じゃ、貸して」
そういって、俺の手から傘がひったくられる。彼女は何のためらいもなく、その傘を開いて、雨の中に入っていく。
彼女は昔からそうだ。俺の持ち物でも、彼女が欲しい思えば奪われる。そして、もちろん返って来ない。高校生になってからようやく、たまに貸したものが戻ってくるようになった。
「ねぇ、何してんの。帰るわ」
――雨の中を進めと言うのか、この女は。
腹立たしくなって、彼女から傘の持ち手をひったくる。むっとした表情で俺の顔を見てくるが、気にしない。だが、さすがに彼女が濡れるのはかわいそうだと思って、傘にはいれてあげる。いわゆる相合傘の状態で彼女に少しは仕返しが出来るかもしれない。表情を変えないまま、俺の見つめる彼女は何か言ってくるかと思ったが、何も言わずに正面を向いた。前へ進めと言う合図なのだろう。それに反抗したら、俺も帰ることが出来ないので、仕方なく相合傘のまま、帰路に着いた。
「ありがと。それじゃ」
それだけ言って、彼女は自分の家に入って行った。
――わがまま姫にも困ったもんだ。
幼馴染で、俺に気を許しているのかもしれないが、ここまでわがままだと、付き合う方も大変だ。それにこの苦労をわかってくれる人はいない。友人にこの話をしようものなら、美少女と一緒に入れるんだからいいだろとか言われる始末。確かに、見た目は可愛いと言えなくもない。整った顔でたれ目、髪は艶のある黒。何より、女性らしい体つきで、スタイルがいい。性格面を考慮しなければここまでの美少女は中々見つからないだろう。だが、あの性格が災いているのか、彼女に恋人がいたことはないようだが。まぁ、あの性格を知ってしまったら、昔からの付き合っている俺以外では我慢ならないのだろう。その割には、よく告白されたっていう話を自慢げに話してくることもあるが、そういう人と付き合ったことはないみたいだ。全く、何をしたのかわからない。
「ほら、学校行きましょ」
「毎朝、ここまでこなくてもいいよ」
「いいのよ。私の勝手でしょ」
――いや、ここ俺の家なんですけどね。
翌朝、家の玄関には彼女がいた。今日に限らず、学校のある日は毎日迎えに来る。彼女が迎えに来なければあと三十分は寝ていても問題なく登校できるが、わがまま姫が迎えにくるのだから、支度して待っていなくてはいけない。寝坊でもしようものなら、彼女にたたき起こされるのだ。
わがまま姫は学校ではあまり干渉してこない。教室は同じだが俺の方をちらっと見てくるだけで、何も要求してこない。わがまま姫の本性は友達には知られていないらしく、女子の友達もちゃんといるようだ。まぁ、男子の俺と話すより、女子と話す方が楽しいだけかもしれない。
「さ、帰りましょ」
放課後は俺の方から彼女に向かい、それに気が付くふりをして、わがまま姫は当たり前のようにそう言う。偉そうな態度にはなれたもので、頷くだけで返事とする。そして、彼女の横に並んで歩き出す。
帰路を進んでいると、その途中にある公園で、子供たちが木の下で騒いでいた。子供の視線を追うとボールが木に引っかかっているのが見えた。取ってあげたいが、俺には木登りの技術はない。
「ちょっと手伝って」
いきなり、隣を歩いていた彼女がそう言って、俺の腕を引っ張っていく。子供たちが集まっているところまで来ると、彼女は子供たちに事情を訊いていた。その話を横で聞いている限りでは俺の予想と大して変わらないようだった。彼女にも木登りの技術など無いと思ったが、どうやら取ってあげる気でいるらしい。
「ねぇ、ちょっとしゃがんで。肩車してよ」
なるほど、と感心してしまった。そもそも一人で何とかするものだと思い込んでいた。普段の態度からして、誰かの力を借りずになんとかするものだと思ったいたがそういうわけではなかった。彼女の言葉に適当に返事をして、彼女の足の間に頭を突っ込んで、肩車をする。その様子に驚いていたようだが、俺の方は普段の仕返しとばかりに気にしないふりをする。
「どうかな。取れそう?」
俺は男子の中でも背の高い方だ。そのため、彼女を肩車して、彼女が手を伸ばせば、木の一番低い枝には余裕で手が届くはずだ。
「もうちょっと。背伸びできる」
彼女の言う通りに踵を浮かせて、背伸びをする。こんなちょっとで届くのかと思ったが、頭の上からボールが落ちてきたのを見ることで、手が届いたことが理解できた。その後、彼女に怪我をさせないようにゆっくりと地面に降ろした。
「お姉ちゃん、ありがと!」
それだけ言って、子供たちは去って行った。何はともあれ、ボールを取ってやることが出来てよかった。
「その、ごめん。それと、ありがと。こんなのに付き合わせて」
いつものわがまま姫のなりを潜め、照れたように礼を言う彼女の頭を二度、ポンポンと叩いた。
「いいよ。わがままはいつものことだしさ」
そういうと、顔を俯かせていた。
――いつもこうなら、さらに可愛いんだけどね。
そう思いながら、彼女の手を引いて再び帰路に着いた。
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