影に隠れる不思議な君
学校内の敷地の隅、そこには忘れ去られたような、手入れのされていない花壇があるのに気が付いた僕はそこに花を植えることにした。教師にそのことを話すと、許可を得ることが出来た。そして、その花壇が昔あった園芸部のものであることも教えてもらった。
「園芸道具の場所は用務員さんが知っているはずですから、一緒に行きましょう」
そして、一通りの道具を貸してもらった。さらに、それらが置かれている倉庫への鍵の場所も教えてもらい、その倉庫のいつでも使っていいという許可ももらった。
とりあえず、スコップだけを持って、花壇の前まで来た。花壇の大きさはそこまで大きくはない。人ひとりが両手を広げたよりも一回り程大きい程度だ。昔にあった園芸部もかなり小規模な部活だったらしいので、この程度の大きさなのも納得だ。それに一人でやるにはちょうどいい大きさだ。
「さて、まずは起こしてあげようかな」
花壇にスコップを突き立て、足で踏みつけて、さらに奥へとスコップを突き刺す。そして、それを持ちあげて、固まっている土を起こしていく。
汗水たらしながら、その作業に没頭し、その日の作業を終えた。本格的にやるなら、色々しないといけないみたいだが、まだそこまでやろうとは思えない。明日の作業はレーキで土を細かくすることだ。
翌日の放課後、倉庫にはレーキがなかったので、園芸用の小さなスコップで地道に土の塊を砕くことにした。しゃがみながらの作業でかなり疲れるが、僕はこういう作業が嫌いじゃない。
昨日と同じく、その作業に没頭して放課後の時間が過ぎていく。
「……」
足が疲れてきたので、伸びをしようと立ち上がると、花壇の隣に、しゃがんでこっちを見ている女子がいた。彼女のいる場所は日陰だが、それ以上にどこかどんよりとした雰囲気を持っている。黒い髪は彼女の顔の周りや体を覆い、その瞳には光が入って言っているのか怪しくなるほど、黒い。そして、ジト目で僕の方を見ていた。元々、性別関係なく、人に話しかけるのは苦手なので、僕から彼女に声をかけることはできなかった。
少しだけ、伸びをして、再び花壇の作業に戻った。その作業をいいところでやめて、顔を上げると花壇を見ていてた女子は既にいなくなっていた。
作業三日目。ようやく、種を植えることが出来る。とりあえず、マリーゴールドの種を買ってきた。初心者でも育てられるとネットにも書いてあったので、多分大丈夫だろう。まず、肥料を土に混ぜて、土を整える。それから、種を埋めていく。最後に栄養剤を土に刺す。これでいいのか、わからないが、栄養剤が突き刺さっているだけで、園芸の始まりと言う感じがある。そして、その畑に水をやるために
水の入った如雨露を持って帰ってくると、そこには昨日いた女子がそこにいた。僕が花壇に近づいていくと、彼女は暗い目でこちらを見つめてきた。昨日と変わらず、ジト目で、何を勘がているのかよくわからない。まだ、話しかける勇気はなく、無言で花壇に水をやった。その間も彼女は無言で花壇と僕を見つめていた。
水をやった後、持ってきた道具を倉庫に片付け、戻ってくるとそこには女子の姿はなかった。
それから、あとは朝、昼、夕に水をやり、栄養剤の様子を見るだけだった。昼休みに水をやりに来ると、必ず暗い雰囲気の女子がいた。花壇の近くにシートを広げ、一人で弁当を食べているようだった。僕が来ても無反応で、自分の弁当を見つめて、無表情にご飯を口に運んで咀嚼する。一口はそこまで大きくなく、ゆっくり食べているようだった。
放課後、花壇に水をやった後は、花壇を囲むレンガに腰を下ろして、読書しようとしたが、外で読書できるほど、まだ暖かくない。鞄から取り出そうとした本から手を放し、とりあえず立ち上がる。花壇の近くにはいたいが、じっとしていると寒くなってしまう。
そんなことで悩んでいると、いつもの女子が来た。距離感も相変わらずで、花壇には必要以上には近づかないと言った様子だ。彼女を見る機会が増えて、話しかけるハードルも下がっているように感じた。黒い瞳でジト目を僕の方に向ける彼女が何を考えているのか気にならなくもない。そんなことを考えながら、彼女の方を見ていると、彼女も僕の方に視線を向けた。昨日と変わらない暗い目ではあったが、僕と目が合うと、眉を少し上げて、表情が変わった。そして、視線はすぐに前に戻された。照れているのだろうか、驚いているだけだろうか。ミステリアスなのは人を引き付けるというのはネットで見たことだが、本当なのかもしれない。実際、僕は彼女のことが気になるのだ。
「あの、いつもここで何してるんですか?」
勇気をもって、最初の一歩だ。
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