不良少女と良いこちゃん
「もうやめようよ。喧嘩なんてさ」
「うるせぇな」
染めた茶髪が腰ほどまであり、その目つきは鋭く、威圧感がある。勝気な笑みを作りその口からは八重歯が見える。彼女は力が強く、この学校の不良たちを牛耳っているという噂があるほどだ。でも、僕としては喧嘩はしてほしくない。そもそも、彼女は積極的に喧嘩をしているわけではないことも知っている。彼女がそんなことをする必要はないはずだ。
「いいからどっか行けよ。いつまでもあたしの前にいんなよ」
言葉こそとげとげしいが、彼女は優しい女性だ。そのはずだ。何せ、僕を助けてくれたのは彼女なんだから。
「おぉ? 姐さん。こいつ、また来てんすか」
「いい加減、ぶっ飛ばしてやりましょうよ」
彼女の後ろにいた男たちが、僕を下卑た笑みをしながら、威圧する。彼らからすれば、僕はここにいていい存在ではない。それは理解しているつもりだ。最悪、殴られることもあるだろうと考えてもいる。それでも、僕は彼女を平和な日常に戻したい。
「おい、そいつを殴ってみろ。お前たちのそれ、不能にしてやる」
ギロリ、と言うような音が聞こえてきそうな視線と共に、二人の男を睨む。視線を僕に戻すころにはその射るような視線はなりを潜めていた。
「おい、もうここに来るな。いつか殴られても知らねぇぜ」
その言葉にはいい加減にしろよ、と言う苛立ちが込められているのがわかった。でも、今日は退かないと決めている。
「いやだ。僕は、今日は帰らない」
「はぁ。あんた、腕っぷしは弱いのに、タフな奴だな。なぁ、お前ら」
後ろにいた不良たちが一斉にこっちを見た。その威圧感にさすがに気圧される。左足が少しだけ後ろに下がる。しかし、逃げるわけにはいかない。
――覚悟したんだろ、僕は。
心を奮い立たせて、それに対峙する。彼女は僕をじっと見て、溜息を吐いた。そして、じっと僕を睨む。
「いい子ちゃんなあんたはここには馴染めない。いいこちゃんにはあたしらのことはわからないだろ」
「そうだね。わからないよ。何か訳があるのくらいしかわからない」
「それ、聞いたって理解できないだろ。頭の良い奴にはな」
後ろにいる不良たちも、苛立ちが強くなってきているのが伝わってくる。それでも、僕はこういう。
「それでも、聞いてからじゃないとわからないじゃないか。試しに君がその事情とやらを話してみてよ。それでも、僕が君を理解できないってなっても、理解できるまで努力する。どんな理解できないことでも、すり合わせればいつかは理解できるようになる」
「ははははは! 馬鹿なことばっか言ってんなよ! 理解できるまで努力する? そんなの無理に決まってる。その前に、あんたは諦めるさ。そういう体験をしてきた奴らがここにいるんだぞ」
やっと、不良たちの事情の一部を知ることが出来た。狙ったわけではないにしても、一歩にも満たない前進だったとしても、前には進んでる。
「それにな、大体、そこまでの努力をするっていうなら、その理由はなんだ。そこまでの、タフさの理由があるんだろ。あたしらに事情を話せっていうなら、あたしらが信用できる、あんたの事情を話せよ」
――ここだ。ようやくだ。あとは勢いに任せるしかない。
「それは、簡単なことだ。不良でも、いい子ちゃんでも、わかることだよ」
興奮しすぎないように、空気を吸って、ゆっくり吐く。それは彼女の目にはどう映っただろう。案外、そんなことを考える余裕はあった。
意を決して、僕がここまで来た理由を言う。
「かっこいいあなたが好きだからです」
その言葉が、その場に広がる。元々静かであったその場がより、しん、となった。と言うより、威圧感がなくなったというべきだ。僕もここまでなるとは予想していなかった。
「あんたが、あたしを、好き、だって」
茫然としながらも、かろうじて言葉を発したという様子。僕はそうだ、と口に出す。
「おいおい、あんたみたいな――」
一人の男が僕の前にでようとしたその瞬間、後ろにいた不良たちの女性たちが男たちを押しのけて、僕の前に立つ。さっきよりもかなり強い威圧感を受けたが、カッコつけて告白した手前、後退りなんて格好悪いことはできない。
「あんた」
正面に立つ、金髪の女性が僕の肩を掴む。ビンタが来るのを覚悟して、その時が来るのを待つ。
「あんた、最高!」
「姐さん、良かったね!」
女性陣が僕らを祝福(?)してくれているらしい。周りの男たちはぽかんとしているものと、何度もうなずいているものがいた。うなずいているものはきっと事情を知っているのだろう。
「いや、そんな、付き合う、とか」
彼女は顔を両手で抑えて、うつむいていた。思ったより、彼女は恋愛に疎いのかもしれない。格好良いだけでなく、そういうかわいい一面を知れたことがとても嬉しい。
「さ、色男。手でも繋いでデートしてきな」
姐さんと呼ばれている彼女の手を無理矢理、僕の方に向ける。無理矢理といっても、彼女は抵抗していない。握って良いものか迷っていると、僕の手を無理矢理、彼女の手に重ねる。
「え」
彼女は僕の手と時分の手が重なったのを見ると、すぐに手を引っ込めた。そして、顔が赤いまま走り去った。
「あーらら。姐さんって意外と純粋だよね」
その言葉にそこにいた全員が頷いていた。僕もそう思う。
「さって、この色男、ここからが大変だぞ」
「まぁ、姐さんは意地っ張りだからな」
「困ったらあたしらが話聞くよ」
女性たちが、僕を囲んで口々に激励してくれた。
──やっぱり、不良と言われてるだけじゃないか。ちゃんと話せば、ちゃんと返してくれる。
「うん、ありがとう! 僕、頑張るね!」
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