同級生おにいちゃん

 アイドルみたいに可愛い人が隣のクラスにいると聞いて、高校入学とほぼ同時に仲良くなった友達と見に来た。


「ほら、あの子」


 彼が指さした先にいたのは、確かに、美少女であった。明るいクリーム色の髪を短いツインテールにした女子。座っていても、体の小ささが目立つ。後ろから見ているだけなので、それ以上の情報はなかった。しかし、俺はそれ以上の情報を知っている。あの小ささを見間違えるはずがないのだ。


 そう思っていると、その子が後ろを振り返る。長いまつ毛に大きな目、その奥にあるのは茶色の瞳で、輪郭含め、全体的に幼いイメージだ。そして、その顔を見て、確信した。彼女は知り合いだ。と言うか、結構知ってるタイプの知り合いだ。


 彼女が俺を見つけると、ぱあっと顔を明るくして、がたっと音を立てて立ち上がる。とたとたと足音を立てて、近づいてくるが、その速度は遅い。ようやく、俺の前と言える程度の位置まで来ると、彼女が足にくっと力を入れるのがわかった。それは、幼い時にみた癖と同じだった。そして、ぴょんとこっちに飛んできた。


「おにいちゃーん!」


「うお、っと」


 幼いころ喰らった全身タックルより、重いタックルではあったが、相手が成長した分、こちらも成長している。後ろに倒れることなく、彼女を受け止めた。


「おにいちゃんじゃないよ。同い年でしょ」


「えー、でも、昔からおにいちゃんって呼んでたし」


 口をとがらせて、不満を言う彼女も昔に見た通りで、変わっていないようだ。容姿がより女の子らしくなり、背も多少は大きくなっても、彼女は彼女だった。


「で、知り合い? お・に・い・ちゃん」


 隣にいた友達がこの様子をにやにやしながら見ていた。正直、俺も隣に彼がいることを忘れていた。


「ああ、小学校が同じだったんだ。背が低いから、お兄ちゃんって呼ばれても違和感なくてな。そのままだった」


 その後、彼女のことを友達に紹介して、友達のことを彼女に紹介した。


「そうか。じゃ、僕は戻るね。兄妹水入らずでどうぞ」


 そう冗談を言って、彼は去って行った。それから、予鈴が鳴るまで、話し込んでしまった。



 そして、忘れていたが、彼女は目立つ存在だ。そして、俺のところに来る前に、と言うか、行動一つ一つに音が付いているような動きなので、目立つ。その目立つ彼女が男子生徒に向かって、抱き着いたのだ。高校生ともなれば、その様子で噂が立たなはずがなかった。




「で。結局、付き合ってるの」


「いや、そういうんじゃないよ。俺に懐いてくれてるだけじゃない?」


 自分の席でそういう話をしていると、後ろから誰かに抱き着かれた。小さな手や、視界に移るクリーム色の髪の先で、と言うか、この学校で俺にこういうことするのはきっと彼女だけだ。


「私ね。懐いてるわけじゃないよ」


 それだけ言うと、彼女は腕を離して、とことこと教室を出ていった。振り向いたときには既に背中だけが視界にあったが、簡単に彼女を止められた。


「懐いてるわけじゃないって、どういうこと?」


「はぁ、デリカシー」


 そういって、彼女の肩に置いていた手を引いたのは今話していた彼だった。首を振る彼を見ている間に、彼女が去っていく。相変わらず、その速度は遅いが、既に止められる位置にはいない。


 それから、彼女は俺と手をつないだり、腕に巻き付いてきたりしていた。それは幼いころもしていたことで、やはり、懐かれているという印象が強い。しかし、俺の考えいていることが本当だとすれば、これほど嬉しいことはない。懐かれているだけだお思っていたから、そういう心はできる限り封じ込めていたが、それを抑えなくていいと言われれば、すぐにでも告白できる。しかし、不安は不安だ。あの顔で気持ち悪いと言われた日には、絶望で心が死ぬ。


――あー、もう。うだうだ考えても仕方ない。




 放課後、友達の彼は俺の様子を察したのか、頑張れとだけ言って帰って行った。そして、教室に、彼女が入ってきた。


「一緒に帰ろ?」


 首をかしげて、大きな瞳が俺を見つめる。心を抑えつけないと決めると、その動作を見るだけで、心臓が痛くなるほどの動悸がする。多分、実際に居たいわけじゃないのだ。


「あ、うん。帰ろう」


 荷物を持って、無意識に彼女の手を取った。自分から彼女の手を握ってしまった手前、すぐには話せない。手汗が出ているかもしれない。


 ドキドキしている間に、学校を出た。楽しそうにこちらを見ながら、今日あったことを話す彼女がいとおしい。きっと、周りから見れば、俺の目にはハートマークがあったかもしれない。


 しばらく歩くと、他の生徒はいなくなり、通行人も少なくなる。


――ロマンはないけど、ここしかない!


「あ、あのさ。俺、好きだ。君が、好きだ」


 彼女の顔も見れず、誰に何を言っているのか、傍から見たらわからない。でも、彼女には伝わったと信じたい。ぎゅっと手が強く握られるのが感じる。


「わ、私は、あのころからずっと好きだった、よ?」


 そういう彼女の方に、全身全霊で顔を向ける。そういう覚悟でもないと、緊張で死にそうだ。やっとの思いでみることが出来た彼女の顔は赤く染まっていた。潤んだ瞳がこちらを見ている。いとおしい、と言うのはきっと今の感情を言うのだろう。俺は握っていた手を放し、彼女の小さな体を優しく、ぎゅっと抱きしめた。

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