世話を焼くのは自分の為

「今日から彼女と仲良くするように」


 教壇には教師だけでなく、女子もそこにいた。彼女はロシアから転校してきたという。自己紹介では片言ではあるものの一生懸命に日本語を話す彼女には好感が持てた。窓から差す光を反射し、光っているようにも見える銀髪、高い鼻にぷっくりとした唇。瞳も銀色に近い色で、目は大きく、ほんのすこし釣り目ぎみで見た目だけで言えばクールビューティーと言った風だ。しかし、あの自己紹介を見れば近づきがたいと思う人は少なそうだ。


 教師が用意した一番後ろの列の廊下側の席に彼女が座ると、いつものようにホームルームが始まる。




 ホームルームが終わると、何人もの生徒が転校生の周りに集まる。その人たちは転校生のことを考えず、次々に日本語で質問する。その輪から少し離れてみれば、彼女が困っているのがすぐにわかるだろうに、当事者たちはそれがわからない。


「はぁ」


 一つ息を吐いて、席を立つ。彼女のその様子は見ていられない。


「困ってるよ。ほどほどに、ね」


 足音を立てて、その輪の誰かに声をかけた。僕の声で、輪から声が消える。そこにいる誰もが僕を見た。そして、彼女の方を見ると、そこにいた人たは状況を理解したようだ。すぐに謝り、それぞれ一言告げるだけで、席に戻っていく。その様子を見て、僕も自分の席に着こうと移動する。すると、前に進むのに少しだけ抵抗を感じた。後ろを見れば、転校生が僕のブレザーの裾を掴んでいた。


「ア、アリガト、ゴザイマス」


「どういたしまして」


 頬を上げて、何とか笑いかけるように表情を作る。昔から笑いかけると言うのが苦手だが、お礼を言われて無表情で受けるというのは心遣いにかけるだろう。


――うまく、笑えたかな。


僕の言葉の聞くと、彼女も僕に笑いかけてくれた。その笑顔のおかげで僕も自然に嗤えたと思う。




 今日は疲れた。最初はクラスの女子たちが彼女の世話を焼こうとしていたが、通じない日本語がたくさんあり、話すのが難しいと感じると、すぐに彼女の周りから人が減っていった。放課後ともなれば、彼女の周りには人はいなかった。ホームルームが終わった後も帰っていいのか、悪いのか判断できなかったようで、教室から生徒が何人も出ていってようやく、帰ってもいいということが理解できたようであった。そして、今、彼女は荷物をまとめ始めた。その行動でようやく、彼女がホームルーム後に何をしていいのかわかっていなかったことに気が付いたのだ。


 僕は放課後になっても、教室で読書する習慣があった。しかし、今日は、本を手にしていても彼女の方に目が行った。どうにも彼女の行動が気にかかる。朝からそうだが、彼女が心配なのだ。彼女のことを自分に置き換えれば、少しは理解できた。言葉もわからない中に、いきなり放り込まれて集団生活しろ、と言うのは中々に怖いものだ。それでも、彼女はこの輪に馴染もうとしていたに違いない。


「はぁ」


 僕は友達に世話焼きとか、貧乏くじ引きとか言われる。しかし、気になってしまうのだ。そんなことを考えながら彼女に話しかけようと席を立とうとした。しかし、そうやって考え事をしている間に、彼女の方から僕に近づいてきていた。


「ヌー、あ、アノ……」


 何を離そうとしているのかわからないが、何か話さないと、と焦っているのは伝わる。僕はそこまで表情豊かじゃないから、怒っていると思われるときもある。今の無表情が彼女にとってプレッシャーになっているのかもしれない。そう思って、何とか笑みを作る。


「ゆっくりでいいよ。帰るまで時間はあるし」


 相手に聞き取りやすいようにゆっくりと話す。馬鹿にしているわけではない。僕も英語を一般的な速度で読まれても聞き取れないのだ。耳慣れない言葉は日本語でも聞き取れないときもある。


 彼女はその言葉を聞いて、僕と視線を合わせた。綺麗な銀色の瞳を直視して、改めて、美しいと感じる。目をそらすことが出来なくなる。


「アリガト、ゴザイマス。バスストップ、オシエル、ホシイ」


 頭を傾けながら、彼女が知っている言葉が羅列した。短いながらも理解できたと思う。バス停の場所が知りたいのだ。


「オーケー。一緒に、ゴー」


 自分と相手と交互に指さして、教室の外を指す。ジェスチャーもあれば少しはわかるかもしれない。それが伝わったのか、彼女は二度頷いて、微笑んだ。


 僕も荷物をまとめて、学校を出た。教室を出てからずっと、僕の半歩後ろについてきている彼女はどこか小動物のような雰囲気があった。しかし、ずっと後ろにいられると僕としては居心地が悪い。どうせなら横に並んで歩いた方が安心できるのだ。


 学校を出たところで、彼女にゆっくりとした話し方とそれに合うジェスチャーで自分の横に並んでほしいと伝えると彼女は隣に並んでくれた。そして、バス停までと言うことは、もちろんバスに乗るということだ。そして、どこまで行くのか聞くと、学校の前のバス停から二つ隣だった。歩いてもそこまで時間がかからないが、バスの方が早いのは当然だ。


「僕も、一緒に、行くよ」


「オイッ、アリガト、ゴザイマス! タ、タスカリマス?」


 意味としてはあっているが、どこか間の抜けたような発音が、僕の心をくすぐり笑ってしまう。その懸命さが、いとおしく感じる。結局、話しかけてくれたのは彼女からであったが、明日からも彼女の世話を焼こうと思う。

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