微かな声でも

 青い空が見えていた。雲は流れているのか、いないのか、それが判断しにくいほどの速度で流れている。授業を聞いているよりかは退屈なかった。ぼうっと空を見つめていると、突然、ドアの開く音がした。


「いるんでしょ!」


 それは聞きなれた声で、今の声になる前の声も知っていたし、今でも覚えている。忘れようと意識したことはないが、きっとずっと覚えているだろう。


「なに?」


 空に視線を固定したまま、そう呟いた。どれだけ声が小さくても、彼女は声を拾ってくれる。地面と靴が擦れる音がする。その音が大きくなるにつれて、彼女が近づいてきているのが理解できた。その音が止まり、視界に彼女の顔が映りこんだ。上下さかさまで、一つに結んである髪がその先を自分に向いて垂れていた。


「またこんなとこでさぼって。授業くらいは受けなさいよ」


「退屈だよ。あんなの。教師だって、お咎めなし、だし」


「そういうことじゃないの。勉強だけするなら学校に行かなくていいっていうのはあんたのママの言葉でしょ」


「はぁ、そうだったね」


「それと、人と話すときは――」


「――話してる人の方を見る」


 言葉と共に体を起こして、改めて彼女の方へと体を向ける。


「そ、そうそう。そうよ」


 それっきり、どちらからも話さない。それは居心地が悪いから、というわけではない。ずっと二人でいればこういうこともたくさんある。自分にとってはそれが心地よく、それを許してくれている彼女のことも好きだった。


「あのさ、いつも空見て、何考えてるの?」


 唐突に、彼女がそう呟いた。風が吹いていたにも関わらず、その小さな呟きは自分の鼓膜を震わせ、その言葉を聞いた。


「さぁ。何か、一つだけ考えているわけじゃない」


「そう」


 一拍開けて、自分は思い出したように言葉を出す。


「あ、いつも考えていること一つだけあった」


 彼女は首をかしげて、その言葉の続きを促してくる。


「君には感謝してるってこと。いつも、僕を迎えに来て、話してくれるだろ」


 彼女は急に顔を自分から背けた。言葉にすると恥ずかしいかもしれないが、彼女にはこの想いを伝えたかった。


「そ、そう。じゃ、じゃあ、次の、授業は出なさいよね。それじゃ!」


 彼女は速足でこの場から去った。照れている彼女はよく見るが、自分がそれを指摘しないせいか、ばれていないと思っているのがより愛おしさを感じさせる要因なのかもしれない。


「いつか、まだ言えてないことも、話したい。まだ、僕の勇気がちょっと足りないから。待っててくれるかな」


 彼女は自分を一人にさせない。どんな小さな言葉でも彼女は拾ってくれる。言葉は不器用でも、彼女の心はどの女子よりも綺麗だった。


 いつまでも待っててくれるわけじゃないかもしれない。好きだって言えたら、彼女はどんな顔をするだろう。


 そんな妄想をしている間に、チャイムが鳴った。遅刻ではあるが、彼女のいうことを聞いて、次の授業には出ようと思う。

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