ちょっとした誰かの青春の話

bittergrass

美少女なんて信じない

 突然だが、俺のクラスには美人で可愛い女子がいる。俺のイメージの美少女のその上の美少女って感じだ。艶のある黒い髪は背中を覆い、前髪は眉のあたりできっちりと切りそろえている。切れ長の目は鋭く、鼻は高すぎない程度に高く、唇は小さく桜色。細めの輪郭だが、やせすぎているような風ではなく、彼女の顔のパーツを引き立てるような細さ。そして、服で隠れていない肌からは白く綺麗な肌が見え居ている。線の細い体でありながら、豊かな胸と大きすぎない下半身。もちろん、腰のあたりはくびれているのだ。ここまで、顔と体ともに文句のつけようがないのだ。

 だが、俺は見た目に騙されるような人間ではない。見た目がよくとも、中身がダメダメ、というのは現実にも漫画にもよくある話だ。だから、見た目だけでは信じない。そう、信じないのだ。


 頭に適当な言葉の羅列を作って、瞑っていた目を開けた。俺の視界に映るもの、それは今頭の中で話していた人物、当人だ。その綺麗な黒い瞳が俺を見つめていた。その視線には少なからず、鋭さを含んでいるように思える。


「あ、あの。何か?」


 現実から目を背けていても、目の前の状況が変わらず、この状況に我慢ならなくなって、ついに俺の心が折れた。

 俺がそう言っても、目の前の彼女はその瞳をこちらにやったまま微動だにしない。俺が手を動かすと、相手の体がピクリと動き、半身を俺から遠ざける。仲良くしていて途端にこの反応なら嫌われた、とか思わなくもないが、何せ相手はこの学校で美少女と名高い女生徒だ。俺ごときが仲良くできるはずがない。仲良くないなら相手の行動の意味など読めるはずもないのだ。

 どうにも膠着状態が解けず、だんだんイライラしてきた。俺は子供以外になら怒ってしまう人間だ。相手がたとえ美少女であろうと、それを考えに入れる前に頭と口が動いてしまうタイプ。


「何か用なら早くしてほしいんですけど」


 苛立ちがついに口から出た。しかし、どうせ相手は何も変わらず、とそう思って相手の目を見ると、涙がたまっているのが見えた。


――ヤバ……


「ちょ、ちょちょ、今のなし! なしな! な!」


 慌てて彼女の方に歩み寄り、大きな身振り手振りで弁明する。しかし、自分でもわかっているのだ、何も違わないし、”今のなし”は無効である、と。


「ご、ごめんなさい」


 相手の声を初めて聞いた。いや、この状況でってわけではなく、入学してからって意味だ。彼女とは同じクラスで、二年になった今でもそうだ。一年たってクラスメイトの声を聞いたことがないというのは珍しいことだろう。何せ、授業で教師から指名があれば、回答しなくてはいけないのだから。しかし、彼女はそういったこともない。教師もひいきしているなんて、噂もあるが、本当かもしれない。


 またもや、思考を他のところにやっていたのに気が付き、意識を相手に戻す。彼女はうつむいて、袖で目を擦っていた。あれは後で目が痛くなるかもしれない。そんなことが頭に浮かび、ポケットに入れていた未使用のハンカチを差し出した。


「とりあえず、これ、使っていいから」


 相手はその切れ長の目を丸くして、ハンカチと俺の顔を交互に見ていた。そして、俺もその行為が気障かもしれないと思ったが、差し出したハンカチを今更、引くのもおかしな話だ。恥ずかしいが、このまま受け取ってもらうのを待つ。


「あ、ありがとう」


 彼女がハンカチを受け取って、その目を抑えるようにぬぐった。そして、彼女も俺に向けて、手を差し出した。


「これ、君の、だよね」


 彼女が差し出したのは、シャーペンだった。確かにそれは俺のもので合っていた。いつの間にか無くなっていたから放置していたのだ。


「ありがとう。拾ってくれてたのか」


 それを受け取ると彼女は再び俯いた。そのまま、突然話し出す。


「は、ハンカチ、洗って返すねっ! ま、また、明日!」


 それだけ言うと、すたすたと早歩きで、机の上にあった鞄を持って、教室の外に出ようとした。移動中に、机に体をぶつけ、位置が少しずれたが、それをきっちりと直している彼女は見た目ほど、完ぺきではないのかもしれないと思った。そして、その隙が可愛い部分であるのかもしれないとも考える。


「さて」


 俺も帰ろうと、自分の机の上にあった鞄を手に取る。ふと、顔を上げると窓があった。そこには顔の赤くなった自分の顔があり、俺も現金な奴だな、と思い少し笑いがこみ上げた。

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