第4話 酔っ払い

いつものように簡単なクエストで苦戦し、なんとか討伐したモンスターの素材を換金するためにギルドに来た。査定、換金が終わり、それと同時にクエストの報酬も受け取る。だがその報酬額に不満があるのかラミアが頬をプクッと膨らませている。

「どうしたんだよ。額に不満があるのか? 素材とクエスト完了報酬を合わせて七万トリア。四人で山分けすれば一万七千五百トリア。一日の報酬にしては十分じゃないか」日本のコンビニ店員が一日フルで働いて稼げるくらいの額なんだから低いことはない筈だ。ちなみにセレナの報酬は三割ではなくしっかり等分している。最初のクエストが終わったあと、七三に報酬を分けた。だが翌日お腹が空きすぎて死にそうでやつれた顔になっていたのを見て、俺の中にある良心が働き、今の報酬形態にしたのだ。なんだかんだで人数が増えたし等分にしておいて正解だったと思う。

ラミアは人差し指をちょんちょんとくっつけたり話したりして何やら言いにくそうにしている。

「いや、報酬には不満はないのですが…………あの……その……私の出番が少ないかなーなんて…………」

「出番? いや普通に魔法を撃たせてやってるだろ。中級魔法だったか? 普通のモンスターならそれでいつも一撃で葬ってるだろ。まあ、一匹だけ倒して魔法の振動を受けてハアハアしてるが…………」

「わ、私は……昨日撃った究極魔法の体の芯に響く感覚が忘れられないのです! あれを味わってしまえばもう前には戻れませんよ。決めました、私はもう究極魔法しか撃ちません!」

また馬鹿なことを言い出すラミア。変態なら変態らしくどんな魔法に対してでも興奮してればいいものを。

俺はラミアに一言言うために肩にポンと手を乗せる。

「あのなラミア。パーティーには役割と効率ってものがある。その効率を無視してあんな魔法撃ってたらきりがないだろ?」

「くう…………そうですが……」

俺のもっともな言葉に言い返すことができないのか、唇をキュッと噛む。

そんなラミアの後ろにあるギルドに併設された酒場。そこで一人の男がジョッキを両手に酔い潰れているのが見えた。黒髪で朱色の瞳、鋭い目つきをしている。中々にいいガタイをしているのが黒ローブの上からでもわかった。いつも二三人はいる酒飲みの奴らかと思ったが、そんな顔ぶれではない。セレナたちは俺の視線がラミアではなく、その男に向いていることに気付いたようで。

「どうしたんですか、あの男。知り合いか何かですか?」

とラミアが訪ねてきた。もちろんあんな男見たことがないし噂にも聞いたことがない。俺は酒場で売っている酒もどきを飲みに来るので酒飲みネットワークがあるのだ。

「知らないぞ、でも何でか知らんが見たことあるような気がしてならないんだよな」

会った事も話したこともない男に何故か見覚えがある。おかしなことだ。気になって仕方がないので、男を陰から隠れて少し観察することにした。

聞き耳を立てると何かをボソボソと呟いているのが聞こえた。

「畜生……なんでだよぉ……なんであんなことばかりするんだあいつらはぁ…………」

誰かの愚痴だろうか。相当鬱憤が溜まってそうだ。

俺と一緒に聞き耳を立てているセレナが俺の袖を引っ張り。

「なあなあカズヤ、今あの男にちょっかいかけたりしたらもしかし…………」

「ややこしいことになるからやめろ」

「まだ何も言ってないだろう!」

「言おうとしていたことはだいたいわかる」

おそらくこいつはちょっかいをかければ罵詈雑言を自分に吐いてくれるとでも言おうとしたのだろう。そんなことをすれば面倒くさいことになるのは明白だ。酔っ払いに関わるとロクなことにならないからな。それにしてもセレナの言うことが分かってきた俺はすごいと思う。

「なんでだ、何で勝手に進軍してくるんだよ! まだ俺が敵の領地にいるんだぞ!?」

ん? 何のことを言っているんだ? 進軍、敵の領地、何だこのワードは。気になりすぎること言ってるな。…………まさか魔王軍の幹部とかじゃないよな?

そんなありえない。ここは冒険初心者が集まるような下位の町だぞ。

「ないない………………って何やってんだセレナ!」

セレナが男の前に立って何かちょっかいを出そうかとウキウキしながら手をワキワキさせている。それに気付いた男がなんだこいつと言わんばかりの顔をしながら。

「あ? 誰だお前。見世物じゃねえぞ、あっちいけ」

とこっちに来るなという意思を示す。が、セレナには効かなかったようで。

「まだ足りんな。やはりカズヤの方がいい」

などとほざく。

「何なんだよお前は。今の俺は虫の居所が悪いんだ。放っておいてくれ」

そろそろ止めないと本当に怒りだしそうな勢いだ。俺はセレナのところに駆け寄り、セレナの頭を掴み地面に擦りつける。

「すいませんでした、本当に俺の仲間が迷惑かけてごめんなさい!」

「…………いや分かってくれたならいい。しかし少しあんたの仲間にもともと悪かった気分がさらに悪くなった。お詫びと言っては何だが一緒に酒でも飲んでくれないか? 色々愚痴が言いたくてな」

「良いですよ。それで気が紛れて許してもらえるなら」

何でこいつの尻拭いをしないといけないのか。まあ酒も飲めるしいいか。だが一人じゃ何かと心細い。セレナは先程この男と飲む原因を作った張本人だし一緒に飲むことはできないだろう。ラミアは俺よりも年下で未成年なので無理。まあ俺も未成年なんだが…………。そう考えるとスイナしかいないか。あまり喋ってはくれないだろうが二人だけで飲むよりはマシだろう。邪魔になりそうな二人はとりあえずクエストに向かわせた。不満がないように強めのモンスターが出現するクエストを選んだので帰ってくるのは遅くなると思う。

そんなわけで俺とスイナ、男で飲むこととなったのだが……。

「分かってくれるかカズヤさん! そうだよな、問題児がいると苦労しかしないよな!」

「そうですよディアさん、いつもいつも尻拭いばっかりで自分の思ってるように事が運ばないんですよ!」

「「そうだよなぁー!!」」

妙に話が合って楽しい。話を聞く限りこのディアさんことディアクレイさんは部下が身勝手すぎて苦労している苦労人らしい。つまり俺と同じ境遇を生きる人物なのだ。

だから話も合うし酒も進む。普段の鬱憤を愚痴を言うことでなくそうとすることがこんなに楽しいとは思わなかった。俺とディアさんが楽しく話している時スイナは俺の酒を一口飲んだせいで頬を紅潮させ机に倒れ伏していた。寝顔も可愛い。

「ディアさんディアさん。俺聞いちゃたんですけど進軍とか敵とかって何のことだったんですか? 何か相当部下にムカついていたようですけど」

「あれか、俺実は魔王やってんだよ。それで魔王って中々休みないからさ、久々に長期休暇で人間界に旅行に来たんだよ。そしたら勘違いした部下が人間どもに魔王様が捕まったとか何とかで進軍してきてるんだとさ。全くあいつら俺がいないと正常に判断が出来ねぇのか…………」

…………一気に酔いが覚めた。ディアさんが魔王軍幹部どころかそいつらを率いている魔王だと? ちょっと待っていますごくやばい状況なんじゃないか!?

だがディアさんに人間を支配する意志さえなければ、無害ということで俺は冒険者としての職務を果たさなくても良いということになる。少し話しただけだがディアさんとは気が合うんだ、できれば倒したくない。まあ魔王を倒せるわけでもないんだけどな。俺は遠回りにディアさんから人類と敵対する意志があるのか聞いてみることにした。

「ディアさんは……その、魔王として人類を支配したいとか思ってますか?」

あ、間違えた! ストレートに聞いてしまった。酒のせいか…………!

ディアさんは少し考え。

「そうだな……正直人類とかどうでもいいし、引き籠ってゲームしていたい。体も鍛えたけど幹部たちが戦うし、俺戦わないから意味ないんだよ。言われるがまま仕方なく魔王やってきたけど目標も何もないんだよ、俺は」

どうやら人類を脅かす存在にはなりえないっぽいな。だったら何もしなくていいか。何もしなければ面倒くさいことにもならないし、俺に害もないだろう。

見逃すとしようか。

「よーし、飲みましょう!」

「おう!」

俺とディアさんは肩を組み夜まで飲み明かした。飲んでいる時にセレナとラミアは夜に二人ともヌルヌルで帰ってきた。どうやらまたオオナメクジと戦ったようだ。スイナはヌルヌルになったセレナとラミアにお風呂について行かされ、そのまま全員帰っていった。

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