第39話 砕けるまで
雨がぽつぽつと降り出してくる。
家に傘を取りに帰って、正解だった。
『呪いから干渉はしてくるけど、私からはそこまで干渉できない。ほとんごあなたと同じ境遇だと思ってくれてもいいよ』
「首吊り桜の幽霊みたいなポジションなんだから、特別な力があってもいいとは思っていたけど、そんな簡単にはいかないか」
町を歩きながら、賀平の姿を探していた。
結局賀平の居場所を探る方法は見つからなかった。
だから、歩いて、歩き続けて、彼女を見つけるしかないのだ。
さくらと相談しながら、ある場所に向かってちょっとした遠回りで向かっている。
『昔の記憶とか、覚えてれば良かったんだけどね。曖昧な記憶しかないの』
「結末とかは知ってるんだろ?」
『結末とか、起こった事実だけは覚えてる。ただそこに辿り着くまで何があったかみたいな、思い出のようなものはそこまで……』
「そもそも、さくらがどういう存在なのかも、いつかは調べないといけないな」
『でも、まずは……』
「さて、実は文化祭の裏、部屋で寝てるなんて奇跡起きればいいけど」
やってきたのは、賀平の住むアパートだ。
両親と昔住んでいたらしいけど、かなり古い見た目をしている。賀平の部屋は二回にあるが、上がるための鉄製階段から変な音が聞こえてくる。時々テレビの音も聞こえてくるし、恐らく壁も薄い。見た感じ、部屋の中は窮屈な感じではなさそう。
あんなにSNSでキラキラしている賀平が、こんなところに住んでいると知った時は驚いた。バイトに向かう時の地味な格好もそうだが、見えないところでは結構節約しているのだろう。
部屋のインターホンを鳴らす。
誰も反応を示さない。
「……おいおいおいおい。いつ部屋に帰ってきてるんだ?」
もうこのまま帰ってこないんじゃないかと、不安になってしまう。
『もし寝てる時のために、扉を叩いてみたら?』
「……近隣住民の迷惑になると思うんだけど、仕方ないよな」
俺は一度深呼吸をして、強い力で二回扉を叩く。
古いアパートだからか、普通の壁を叩くのとは別の妙な音が扉から鳴った。数秒待てど反応はなく、隣の部屋から苦情が来ないかとただビクビクしていただけだった。
『出ませんね』
「しゃーない。とりあえず、一時間ごとにこの部屋に来ながら、町の捜索をするしかないだろう」
『そうですね……ん?』
「なに?」
さくらが何かに気づいたらしく、床の方を指さした。
賀平の部屋の前の床に、一通の手紙が落ちている。差出人などは書かれていない、隣の人の郵便物かと一瞬思った。が、
「……賀平のSNSアカウントの名前が書かれてるな」
見覚えのある英数字の羅列。
それは賀平結愛のSNSアカウントの指す文字列だった。
ということは、この手紙はSNSを通じて送られたことになる。
『……どうかしました?』
「どうして、賀平の住所が割れてるんだ?」
最悪の事態が、俺の頭の中で浮かび上がる。
俺は何も躊躇せずに、その手紙を開封した。その中には文章が大量に書き込まれた紙が入っている。恐る恐るその文面に目を通す。
*****
お前の住所を特定して手紙を送った。
メイク道具とか好きそうだから、色んな紙とか送ってやった感謝しろ。
お前の父親が犯罪者だったり、母親が育児放棄していたり、お前がやばい爆弾を
抱えていることも知ってる。
そして、その情報もネットに流出させた。
ざまーみろ。
ただ可愛いからって調子乗んな死ね。
生きてる意味ないんだよくそおんな。
死んで詫びろ、犯罪者の娘。
お前なんて、誰からも愛されてねーよばか
*****
「醜悪だな」
『…………』
さくらは手紙の内容に絶句していた。
俺は怒りかも悲しみかも分からない複雑な感情が胸を渦巻いている。
扉についている郵便口から中を覗けば、何十通、もしかしたら百を超える同じような手紙が扉の奥に敷き詰められていた。その手紙の上に、泥や草木が少しだけ見える。賀平はこの手紙の上を歩きながら、この家に帰っていたのだろう。
一体いつから、この手紙が届いていたんだろう。
誰から送られてきたのかも分からない。
顔すら分からない誰かからの誹謗中傷。
百を超える、醜悪な悪意が、賀平を苦しめている。
賀平はただSNSをやっていただけなのに。何も悪くないのに。
「個人情報が、どこまで流出してるのか全く分からないな」
『これはひどいですね。悪意が、手紙の文章から物凄く伝わってきます』
「問題なのは、この手紙を書いたやつが憎しみで文章を書いたわけじゃないってところだろうな」
きっと、この文章を書いた奴は、賀平が苦しんでいるのを想像して笑っているんだろう。本当に酷い。同じ人間だとも思えない。
雨がさらに強くなる。
屋根を打つ雨音は、まるで戦場に降り注ぐ銃弾のように思える。
無慈悲にも狙われた賀平は、今この町のどこにいるのだろうか。
雨と共に、風も吹き荒れる。
まるで、何かを暗示しているかのように。
天気は、さらに悪くなっていった。
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