第38話 当たって砕ける
文化祭の開会式も滞りなく進んだ。
文化祭の説明や諸注意などを先生から言われ、開会式終了後すぐに生徒全員は騒ぎ出した。今日はどこのクラスに行こうか。これから仕事がある人は教室に集まって欲しい。色々な声が聞こえてくるが、どれも楽しそうだった。
そんな騒ぎの中に身を置いて、俺は軽く放心状態になっていた。
開会式も何を言っていたか全く覚えていなかった。実行委員を任された俺が、諸注意を聞き漏らすとはいけないことだ。だが、罪悪感の一つもない。
「おーい、教室に移動しようよ~」
琴葉は俺の目のすぐ近くで手を振った。
数秒、間をおいて反応を示す。
「大丈夫? これから二日間忙しくなるよ?」
「う~ん。帰って寝たい気分だ」
「じゃあ、帰る? 私が全部やろうか?」
「それはそれで危ないから、無理矢理頑張るよ」
「えぇ~」
そのまま立ち上がり、琴葉に腕を握られて教室まで連れて行ってもらった。
文化祭、クラスの出し物は五時間ぐらい想定されている。問題が起こったり、体育館のメイン行事が早まったりすると、早く終了したりする。
俺はこれから二日間合計十時間も教室に拘束されるわけだ。
特に文化祭で騒ぎたいなんて願望はない。
教室で仕事に時間を費やすのも悪くない、とは思っていた。一週間ぐらい前までは。
『すごい熱気ですね~』
さくらもいつの間にか、俺の周りをふわふわと浮いている。
自分勝手でいいな、なんてちょっと羨ましくもある。
「おい、賀平の気配とか探せないのか……」
小さな声で、誰にも聞こえないようにさくらへ問いかける。
『私にそんな力はないって。移動範囲も限られてるし、こんな町全体を探るなんて芸当はできません』
「はぁ……」
『そんな落ち込まれても困るなぁ~』
さくらはそっぽを向いて、またフワフワと浮いている。
「ほら、教室の奥のところに椅子用意してあるから」
「琴葉、さんきゅ~」
「や、やる気出してよ!」
琴葉に無理矢理椅子に座らされた。
俺の文化祭の間の仕事は事務作業。クラスメートのシフト管理やお金の管理。在庫調整や買い出しなど、皆が接客やジュース作成をしている裏の大切なお仕事だ。
この状況で、仕事を全うできるかは疑問だが。
「私、タピオカジュース作ってくるよ! 大丈夫?」
「任せとけ」
琴葉は最後まで俺のことを心配しながら、調理室の方まで向かっていった。
調理室でタピオカを作り、それをここまで持ってきて、頼まれたジュースと組み合わせる。なんとも簡単なお仕事だ。
こんな簡単な作業でも、楽に稼げるんだからそりゃブームになるわな。
「ふう……」
カーテンで仕切られた、クラスメートだけが出入り可能な部屋。
俺はここで事務作業をしながら、クラスの出し物の行く末を見ていた。頭の中ではずっと賀平のことがグルグルと巡っている。頭は一杯なのに動けないのが、もどかしい。ただ淡々と事務作業を進めて、過ぎる時間がいつもより遅いように感じた。
「やっほ~! 息子よ、元気にしてるか!」
そんな部外者禁止のエリアに元気よく入り込んでくる父親に、俺の作業は一時中断させられた。
「父さん……ここ部外者立ち入り禁止だぞ?」
「む、そうなのか? 父親だから、部外者ではない気がするけど」
「部外者だろ」
「いいじゃないか。細かいことは気にするな!」
豪快に笑う、父親。
「ほら。他の生徒さんも困ってるじゃない」
「いてっ!」
父親を叩く、母親。
俺の両親が、俺のクラスの出し物を見に来た。
「ごめん。ちょっと二人と話してくるから。なんかあったらすぐ教えてくれ」
俺は近くのクラスメートにそう伝える。
とりあえず部外者立ち入り禁止の場所から、この破天荒極まりない二人を出さないといけない。そそくさと教室の外に出る。
「呼んでくれたら出てくるのに」
「いや~、真面目に仕事をしている人を邪魔するのはと」
「邪魔してんじゃん」
「いつもとは違って集中してたから、声かけにくかったのよ~」
「そんないつも集中してないかなぁ……」
「そうだそうだ。厳しい顔つきしやがってよ!」
「そ、そんなに……?」
カーテンで仕切られて、中は極力見られないようにしている。
どこか中が見える角度があったのだろう。
「……どうしたどうした、そんな辛気臭い顔してよ。せっかくの文化祭だろ?」
「母さんがミスコンで入賞した、思い出の文化祭だもんな」
「そうそう! いや~、本当に俺の妻は昔から……」
「ストップ。話を戻そう、ごめん」
「でも、お父さんのバンドも素敵だったのよ~」
「そうだなぁ~。そして、夜は二人で一緒に……」
「妙に気恥ずかしくなるからやめてくれないか」
二人の暴走を、寸前のところで止めることができた。
「で、どうしたんだ? 恋の悩みか?」
「どうそうやって結びつくんだ」
「この年頃は、恋の悩みが大部分を占めるだろうしよ」
「そんなもんか……?」
「俺の息子は、立派な学生生活を送れているのだろうか……」
「大丈夫よ。可愛らしい女の子と、いつも一緒にいるんだから~」
「脱線するのそろそろやめようよ……」
俺は両親と目を合わせないように、窓の外に視線を移した。
「悩み事か?」
「まあ」
「解決しないのか?」
「まあ」
「解決方法が思いつかない?」
「うん」
「そりゃもう、ダメだな」
「……もうちょっとかける言葉があってもいいと思うんだけど。解決方法が思いつかないんだよ。今置かれている状況が、壁になってる。ずっとな」
賀平との連絡が取れない。
賀平の居場所が分からない。
賀平と顔を合わせることができない。
これ以上どうしようもない壁にぶつかって、考えることしかできない状態だった。
「ふ~ん」
「…………」
「考えがまとまらないなら、行動してみろ」
「ん?」
「だから、考える前に行動しろって話だ」
「いや、だから何をすればいいのか考えてて……」
「目の前に壁があるなら、ぶち破るまでぶつかってみな」
「えぇ……」
「当たって砕けろ。当たり続ければ、いつか壁もぶっ壊れるさ」
「…………」
「昔のお父さんも、そんな感じでしたね~」
「考えることは苦手だったんでな」
当たって砕けろ。当たり続ければ、いつか壁もぶっ壊れる。
なるほど。確かに。
考えても考えても、答えは出なかった。
それなら、動き回り続けて、答えを見つければいい。
父親は、俺にそう伝えてくれたのだ。
賀平が見つからない、見つける手段が見当たらない。
なら、俺がやるべきことは……。
「ありがとう」
「……おうとも」
「俺、今日帰ってくるの遅くなるかもしれない」
「頼むから、危険な仕事に手を突っ込むなよ……」
「雨の予報が出てるから、家に傘を一回取りに帰った方がいいわ」
「わかった、母さん。ありがとう」
俺は教室の中の琴葉に、なんとか理由をこじつけて仕事を押し付けた。
簡単な仕事ばかりが多いから、クラス内で協力すれば片付くはず。
本来責任を持っている俺がいないといけない時間だ。
だが、それでも、俺にはやるべきことがある。
文化祭という大きなイベントの中心から、俺は誰にも見つからないように外れていく。騒がしく暑苦しい熱気は遠い場所へ。俺は学校に背を向けて、この町のどこかへ走り出した。
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