第34話 現状
「マスター久しぶり~。ごめんねぇ、あまり来れなくて」
別にいいよ、という感じでカフェの店主は手を振ってくる。
俺の目の前に立つ、ガタイの良いスキンヘッドの男は慣れた様子で店の奥の小さな丸テーブルの場所に行く。俺はそれについていき、店長から差し出された椅子に座り、店長も座る。
「お知り合いなんですか?」
「ちょっとしたね。結愛ちゃんともよく来てたわ」
「なるほど。店長から教えて貰た場所だったんですね」
「特別なお話をしたいときに、よく来てたの。ここのマスター、物静かで口が堅いし、何より優しいからね」
店長はうっとりとした瞳をマスターに向けている。
そんな視線の先のマスターは、そっぽを向いたままお皿を洗っていた。
「さて、閉店後にお店を開けてくれたんだから、何か頼まないといけないわけだけど、それよりもまずは解決しないといけない問題があるわね」
「はい」
水曜日の放課後。
時刻は八時を過ぎた辺り。
文化祭まであともう少し。
「文化祭の準備は順調?」
「は、はい。出し物も簡単ですし、あとはクラスメートに任せてます」
「そう。久しぶりに、文化祭の方に顔出そうかしら」
「卒業生なんですか?」
「ええ。懐かしくなったら、時々学校の周り散歩したりしてね」
言っては悪いが、スキンヘッドの男の人が学校の周りをうろつくって結構ヤバいと思うんだ。
「……ごめんなさいね。話盛り上げるの、下手なのよねぇ」
「はぁ……」
「本題に入りましょうか」
店長はちょっと間を置いて、真剣な眼差しを俺に向ける。
「結愛ちゃんについて、聞きたいのよね」
「はい」
店長とこうして話の場を設けたのは、賀平のことを聞くためだった。
「私はまだ、あなたのことを完全に信頼している訳じゃない。そうならないと、彼女のことを教えてあげられないの。もし悪用なんかされたら、なんて考えちゃうし」
「それは、そうだと思います」
「あなたを信頼に置ける材料を、持ってきてくれたのかしら?」
「…………はい」
「ちょっと悩んじゃうところ、可愛いわよね~」
大人にこうして面と向かって話すというのは、やはり緊張するし身構えてしまう。
察してくれたのか、店長は俺に真剣で、そして優しそうな表情を浮かべてくれた。
「賀平は、その……」
「うん」
「守りたい、と言いますか……こんな俺にも、構ってくれてですね…」
「…………」
「え、と……」
「……端的に言うと?」
「助けたい、て思います。心の底から、です」
「たどたどしい言い方ね」
店長はクスクスと笑う。
正直何も伝えられていないと思った。
結局、賀平に対する想いを考え付くことはなかった。
守りたいだとか助けたいとか、そんな簡単な言葉は頭に浮かぶ。
ただ、もう少し。あと一歩踏み込んだ部分まで、考えが及ばない。
賀平とどうなりたいか、とか、賀平のことをどういうふうに思っているのか。今の距離感以上になりたいなんて考えたことも思ったこともない。
「ずっと結愛ちゃんの恋人だなんて、思ってた時期もあったんだけどね~」
「そ、そんなことは……」
「いいのよ。乙女の妄想ってやつだから」
乙女……?
「ありがとうね」
「え?」
店長は突然、小さな声で呟いた。
「結愛ちゃんのことを、ここまで想ってくれる人がいたことに感謝しないとね」
「そう、ですか」
「そうね、うん。そもそも、呼び出された時点で話すことは決めてたし」
「……?」
首を傾げる。
「電話で呼び出すほど、固い決意をもってくれたってことだからね」
「な、なるほど」
「言葉よりも行動の方が、本当に難しいんだから」
「あ、ありがとうございます」
何故かありがとうと言ってしまった。
「それじゃ、ちょっとだけ。まずは私が分かってる現状を伝えるわね」
「は、はい」
「連絡はとれてるの?」
「メールの返信も、来ません」
「なるほど。私との連絡はしっかり取れてるわ。と言っても、シフトの連絡だけだけどね。それ以外のことは、あまり知らないの」
「あまり、ですか……」
「彼女の調子が悪いことは知ってる……というより、電話越しの声とかがいつもと違うから、怪しんでいる程度。ごめんなさいね。覚悟してきてくれたのに、そこまで役立たなくて……」
「いえ、大丈夫ですよ!」
「……何か聞きたいことがあったら、できるだけ答えるからね」
「以前にも、こういったことがあったのでしょうか?」
「そうね~。結愛ちゃんは、あまり人に心配させるようなことはしない子なの。優しくてね、でも幼い時は、やっぱりよくそういうことがあったかしら」
「幼い時?」
「ええ。本当に3,4歳の時の話」
「昔から、賀平のことを知ってるんですね」
「…………」
店長は俺の言葉に対して、反応を示さなかった。
「そうね。そうよね」
「…………?」
「君には、知っておいてもらいたいことがあるの」
「はい」
「賀平結愛のことについて、知っておいて欲しいの」
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