第33話 過去
『何かと、この桜の木に縁があるね』
そんな冗談を、さくらが言ってはいけないと思うのだ。
ちょっと笑えない冗談を飛ばすさくらと、大きく綺麗な桜の木をベンチで眺める俺。
父親から紹介された、とっておきのスポット。
それは、首吊り桜がある場所だった。
父親は昔悩みを抱えていた時、この桜の木に訪れて日が昇るまで考え込んだとかなんとか。進路や恋の悩み、当時付き合っていた彼女とのデートスポットもここらしい。
そうは言っても、父親の当時付き合っていたのは今現在の母親なのだが。
どういった経緯で、どういった関わりを二人が持ってきたのかは気になる。
だが、今回はそれ以上に大切な悩みを俺は抱えていた。
『じゃ、私は落ち着くまでどこかに行ってるね』
「ありがとう……」
さくらは、どこかへ消え去った。
今ここに、人間は俺だけしかいない。
霊的な存在を合わせても、たった一人の空間だった。
視界に入った首吊り桜から目を逸らすように、俺はそっと瞼を閉じる。
店長の言葉を思い出す。
『あなたにとって、結愛ちゃんはどういう存在なの?』
「どういう存在かぁ……」
恋愛経験すらない俺は、そんなことを考えたことがない。
いつからか賀平は俺の近くにいてくれて、いつのまにか賀平は俺の隣に立っていた。ただそれだけと言ったら、少し残念な気もするが。この表現は的確だと思う。
それだけ、賀平がいてくれることが自然で、日常だったから。
それは、賀平だけじゃない。
琴葉だって、九井先輩だって。
知り合った期間が短くたって、彼女達と過ごした日々は忘れられなくて……。
「ほぼ毎日一緒にいれば、そりゃな」
学校以外の時間も、大体彼女達の姿があった。
何をどうしたらあんな時間を過ごせるのか、当事者である俺も分からない。
そもそも、どうしてそうなったのか……。
「賀平、かぁ……」
そもそも、彼女との出会いは、中学三年の時。
賀平は一つ下の、中学二年だった。
季節は秋頃。ちょうど琴葉も今みたいに明るい元気な子で、いつも彼女に振り回された時が初めだったか。いつものように琴葉に誘われて、そこで俺は賀平と出会った。
さて、初めて賀平と出会った時どういう状況だったのかを説明しよう。
まず呼び出されたのは、中学校の中庭だった。
学校にある全ての教室の窓から覗くことが可能で、告白などには決して使うなと学校で注意喚起されるぐらい注目の的になる場所だ。
そんな中庭の中央で、俺は賀平と対峙してた。
俺の背後には、琴葉がびくびく震えている。
なぜ俺を呼び出しておきながら、以前のように震えているのか。その疑問を今は置いておこう。というのも、俺も若干武者震いをしているからだった。
俺の眼前に広がるのは、数十人規模の男子中学生が頭に鉢巻を巻いて、綺麗に整列しているという異常な光景だった。彼ら全員が付けている鉢巻には、『賀平結愛親衛隊』と書かれてあった。
その統率力というか、真剣な眼差しというか、まるで軍隊を相手にしているかのように思えてくる。
そんな軍隊のど真ん中、俺の目の前にいるのが、上級生の俺でも名前ぐらい聞いたことのある有名人の賀平結愛であった。当時はまだSNSも駆け出しだったが、それでもその勢いは凄まじかった。現に数十人単位の熱狂的ファンを、中学校の中に作り上げるほどの人気を持っている。
「……俺はなぜここに立っているんだ」
「へえ、あなたですか。白百合先輩の代わりに戦ってくれる相手っていうのは」
「え?」
背後で震える琴葉に顔を向けても、彼女は震えるだけで反応すら示さない。
「状況説明してくれよ」
「白百合先輩から何も聞かされてないんですか? それぐらい信頼しあっていると」
「う~ん。琴葉の場合は、忘れていたというのが正しいと思うんだが」
「白百合先輩には、この学校の可愛い頂上決戦の相手を頼んだんです」
「……で?」
「だから、そういうことですよ」
「…………?」
賀平の背後の親衛隊から、窓ガラスを揺らすほどの怒号がこちらにとびかかってくる。今までに感じたことのない圧に、武者震いが止まらない。
そんな学園全体を脅かす力を、賀平は右手一つで静止して見せた。
あまりの統率力に、俺は恐ろしさを覚える。
これが中学生なのかと。
「さて、それでは白百合先輩の代わりにあなたがやってくれるということでいいですね?」
「一旦、この状況をもう一度説明してもらっていい?」
「だから、この学校の可愛い頂上決戦の相手……」
「それ、俺がやるの?」
「……そういうことではないんですか?」
「俺別にそんなの興味ないし、そもそも君のこともそんなに知らないし……」
「わ、私のこと知らないんですか!?」
後ろの親衛隊からも、悲鳴が聞こえてきた。
そんなにがっかりしなくても。
「だから、一旦保留にしてくれない?」
「ダメです! これからの予定もあるというのに!」
そうだそうだ、と野次が飛んでくる。
「ほら、琴葉も怯えてるしさ」
「怖気づいてるわけではなく?」
「うん。とりあえず、男子数十人を束ねてるだけで威圧感あるから」
「……分かりました」
と、賀平はパンパンと手を叩く。
直後、数十人の塊が周囲に一気に霧散していった。
本当に一瞬の出来事だった。
「すげ……」
「これで、私達の闘いを見るものはいません」
周囲を見ると、ありとあらゆる窓に黒いカーテンが取り付けてあった。色んな場所に親衛隊の背中が見える。それは、親衛隊もこの場所に目を向けていないという証。
「これ、どうやって調教したの?」
「さあ? どうでしょうね」
不敵に笑う賀平。
彼女との最初の出会いは、こんな感じだ。
結局琴葉の震えは収まらなかったので、戦いは中止ということになる。
「それからか、賀平と関わり始めたのは……」
目を開ける。
そこにはいつもの桜の木。
「なんで……賀平は俺と関わろうなんて思ったんだろうな」
結局、そこは分からない。
彼女が俺と初めて会って、一体何を感じたのか。
そして、また別の疑問を思い浮かべる。
「俺は、賀平と関わろうと思ったんだ?」
賀平だけでなく、琴葉や九井先輩も同じだ。
そこまで人付き合いに積極的ではない。近すぎず、遠すぎず。適度な距離感を保つ。知り合い以上、友達未満。そういった人間関係を望んだ俺は、なぜ彼女達と関わろうと思ったのだろうか。
祖父の教えもある。
母親の愛情もある。
父親の助言もある。
だけど、明確なその理由だけは思いつかなかった。
「俺は、賀平を……」
理由はなくとも、決意は揺るがずに。
「賀平を、助けたい」
理由はいらない。
ただ心のそこからそう思うのだから、俺は賀平に手を差し伸べたい。
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