第4話 桜散る

 *****



 しらなでには、大きな桜の木がある。

 村の男と女は、桜の木の下で出会った。

 女は男に恋をして、その愛を男へ伝えた。

 だが、男にはすでに愛する人がいた。

 女はそれでも諦めなかった。

 だが、男の家族や親戚がその女から男を守った。

 女は町の全てを呪った。

 やがて女は桜の木の下で死んだ。

「大切なものを奪ってやる」と言い残して。

 その日から、町の誰かが桜の木の下で死ぬようになった。

 町の者は恐れ、その桜の木をこう呼ぶことにした。


『首吊り桜』と。



 *****



「首吊り桜とか、ひどい名前だよ全く」


 琴葉の勉強を終わらせて、俺は一人で帰宅していた。

 ちなみに勉強は全く進まなかったので、宿題を出して帰らせた。中一の内容を。


「というか、絵本にする内容じゃないよな? なかなか悲惨な結末だ」


『しらなでさくら』と呼ばれる絵本は、到底子供に見せられる内容ではなかった。

 簡単にまとめると、恋に狂った女がこの町に呪いを残した結果、誰かが死ぬことになった、ということらしい。極めつけに、『首吊り桜』ときたものだ。

 気になったので、一人で桜を見に行くことにした。

 桜があるのは、丘の上の公園っぽいところだ。見に行くためには、ちょっとした階段を登る必要がある。ちょっと疲れるが、登った先には息をのむほど綺麗な桜がある。


「……やっぱすげえよ、この桜は」


 疲れているのに、桜から目を離せない。それほどの魅力が、この桜にはある。


「……やはり見に来たか」

「……じいちゃん?」


 そして聞き覚えるのある声。桜を見ていたのは俺だけではない。

 祖父の姿がそこにあった。

 久しぶりに会話らしい会話ができた気がする。


「なんでじいちゃが?」

「桜は毎年一日に一回見に来るようにしている」

「ああ、そう」

「……そうか、

「はい?」

「私には何もできん。教えたことを忘れるなよ」

「わ、わかりまし、た?」


 そういって、祖父は丘の階段を下りて行った。


「…………どゆこと?」

『つまりは、桜の呪いが君にかかっているってことさ』

「誰だ!」


 背後から囁く誰かの声。


『前の人よりちょっと勇ましいかな。逆に冷静さに欠ける?』

「誰……?」


 目の前にいるのは、宙に浮かぶ少女だった。

 見たことのない服装は、江戸時代の絵でよく見るそれ。まとめた髪も、同じく江戸時代の絵でよく見るものだった。


「え、幽霊?」

『あれ? 絶叫とかしないんだね』

「い、いや驚く余裕もないというか」

『ああ、そう』


 なんだこの会話。

 幽霊という意味不明な現象を目の前にして、幽霊当人とこんな会話をなぜしなくてはならないのだ。


『私、さくら。見ての通り、幽霊だよ』

「あ、はい」

『君は、柊木十四郎のお孫さんかな?』

「え、なんでじいちゃんの名前……」

『私が見えているということは、そういうことなんだろうね。あの人の血縁か。これも運命なんだろうね、うんうん』

「せ、説明を……」

『さてさて、どう説明したものか』


 少し頭を抱えながら、数秒黙ったさくらと呼ばれる幽霊。


『君はこの桜の呪いのターゲットになったみたい』

「は?」


『この桜の木がまた咲くまでに、君の大切な人が首を吊って死ぬんだよ』


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