第5話 幽霊少女
『さくら』と呼ばれる幽霊の少女と、桜の木で出会った。
『この桜の木がまた咲くまでに、君の大切な人が首を吊って死ぬんだよ』
この言葉の意味するところは、
「首吊り桜の呪い……?」
『この桜の名前、知ってるんだ』
「そういう本があったんだよ」
『そこまでするんだ、ひどい話だよね』
「待ってくれ、話を整理させてくれ」
混乱する頭の中の情報を一度整理したい。
というか、知らないことが多すぎる。
『この時間に桜を見に来る人はいないから』
「大切な人が死ぬ? それはいったいどういうことなんだよ」
『首吊り桜の詳しいところは知らないみたいだね』
「誰かが死んだ、ぐらいの情報しか」
『死んだのは私。着ていた服を桜の木に括り付けて、首を吊って自殺したの』
「じゃあ、お前が?」
『私が次に目覚めたのは、最初の呪いが始まった時。男の人だった。名前は忘れた、数百年前の出来事の話だから。その頃から、この桜は首吊り桜って呼ばれてたの』
「お前がその呪いの正体なのか?」
『どうだろう、分からない。呪いの正体については、何も分からないんだよ』
「でも……」
『分かってることは、呪いにかかった人の周りの誰かが、この桜で首吊って自殺すること。気づけばこの桜の木で、命を散らしてる』
「周りの誰か……」
『多分それは呪いにかかった人の、大切な誰かだった。この呪いは、呪いを受けた人じゃなくて、呪いを受けた人の関係者を殺す。もっと言えば、自殺を促すのよ』
「今までここで、自殺した人がいると?」
『大きな事件にはならないよ。数日たったら、いつも通りの町に戻ったし』
「君は、その呪いをずっと見届けてきたのか?」
『呪いが始まると、目を覚ますのよ。もう十回は見てきたかも、うろ覚えだけど』
さくらは悲しみの表情で、語るのだった。
俺は未だに状況が呑み込めないでいた。俺が首吊り桜の呪いにかかって、俺の周りの誰かが自殺してしまうということらしい。そんな非現実的な話を、同じく非現実的な幽霊の少女から聞かされて、信じることなんてできやしない。
「俺の爺ちゃんも、昔この呪いに?」
『それは覚えてるよ。最後の最後まで、首吊り死体を見上げながら、泣いてたから。目覚めた私を見て、また思い出させてしまったかも。申し訳ないな』
「なるほどね」
『君には、この呪いを解いてほしいと思ってる』
「呪いを解けるのか?」
『自殺するかもしれない人を、助けることができればあるいは』
「そんなこと言われても。君は呪いを解いたら、消えてしまうんだろう?」
『こんな呪い、さっさと消えてほしいもの。こんな、呪いなんか』
恐らく、さくら自身もこの呪いに関してはそこまで関係があるわけではない。
この呪いをさくらが生み出したとして、過去呪いを受けた者に謝罪の弁を述べるだろうか。この少女が呪いを生み出したのではなく、呪いがこの少女を生み出したのではないだろうか。
ただ色々考えても、やはり非現実的すぎて対処法とかを考える思考まで届かない。
「俺はどうすれば……」
『この呪いで自殺してしまう誰か、今はまだ分からない。何か兆しがあるのかもしれないし、唐突に消えてしまうかもしれない。私にもこの呪いの実態は分からない』
「ヒントも何もなしなのかよ。くそ」
『もしかしたら』
「待ってくれ。頭を冷やしたい。母さんも心配するだろうし、いったん帰る」
『じゃあ、ついてくよ』
「悪いけど、祟りだけはやめてくれ」
『怨霊じゃないから大丈夫』
というわけで、家に帰ることにする。
「桜の木の霊なら、桜の木から離れられないんじゃないのか?」
『私は桜の呪いの霊みたいなの。呪いがある場所では行動できるから、むしろ付いていかないといけないの』
「なんか幽霊と話しているのはちょっと変な感じするな」
『驚かないのね。ちょっと変だよ。私を見て、気絶した人だっているのに』
「なんでだろうな。混乱したけど、意外に冷静だったりする」
『おーかし。人間じゃないわね』
「酷いこと言うなぁ」
『知っている限りの情報は話せるけど、本当にこの呪いについては知らないの。全部君任せになるけど、ごめんなさい』
「謝ることはないだろ、別に。さくら、でいいのかな?」
『うん』
「さくらは、死ぬ前は何をしてたんだ?」
『……生きていた頃は、恋をしてたよ』
「それって、桜の木の下で会ったりしたのか?」
『桜の木で出会った人だよ』
あの本の内容と一致する。
とすると、あの本に出てくる呪いをかけた女の人がさくらということか。
「そのまま自殺したのか……」
『……確かそうだった』
「曖昧な返答だな」
『正直覚えていないの。どうやって死んだのか、とか。大事なところだけ記憶が抜けてる。これも呪いのせいなのかな』
「自分の知ってる呪いとは、なんだか別のもののような気がする」
『それはどうして?』
「呪いにかかった人が不幸にはならない。死ぬのはその周りの人なんでしょ? それはちょっとおかしいと思うんだ。大体死ぬのは呪いにかかった人でしょ」
『そんなもんなのかな?』
「呪いを解くよりも前に、そもそもこの呪いについて知らないといけない気がする」
『そういうのは本当に役に立てないよ……』
「本当に。今思い返しても、やっぱ現実味がないや」
久しぶりにため息をついた。
『それでも、本気にしてくれるのね』
「去り際の爺ちゃんの目が、本気だったからな。それに」
『それに?』
「昔爺ちゃんが言ってたことを思い出したんだ」
爺ちゃんから教わったのは、ちょっとした護身術だった。
襲われた時、囲まれた時、ピンチになった時。
色々な状況下で、どういった対処をするべきかを叩きこまれた。
全ての護身術を教わった後、祖父は一言だけ俺に伝えた。
「大切なものは命を賭して守り抜け」と。
「爺ちゃんは、呪いを解けなかったからこそ、護身術を教えてくれた」
『でもまさか、自分の孫に呪いがいくなんて思わなかっただろうね』
「もしもの保険ってやつだな」
『お爺ちゃんに助けを呼んでみる?』
「……いや、いい」
祖父は大切な人を、目の前で亡くしたのだ。
そんなトラウマを抉るようなことはできない。何より大切なことは全て教えてもらって学んだ。これ以上ないほどの助け舟を祖父からは貰っている。
「自分でなんとかするよ」
『本当に大丈夫?』
「誰かに話して呪いが伝播したら、それこそ大事だろ」
『よく分かっていないからこそ、か。それでも、こんな危険で怪しいものを、一人で抱えようとするなんて、やっぱおかしいと思うよ』
「守ることはできなくても、守ろうとすることは誰だってできる」
『……え?』
「誰だってできることを、ただやってるだけだ」
『…………』
「どうかしたか?」
『いや、なんでも、ない』
「そうか?」
家に着くころには、周りはもう暗くなっていた。
「ちょっと遅かったわね。勉強どうだった?」
「ただいま。今の勉強を教えても無駄だと思うから、中学校からちょっとずつ復習させるつもりだよ」
「それって大丈夫なの?」
「遅れると思うけど、間に合わせる」
「頼もしいわね」
「自分の復習にもなるからな」
「ご飯はできてるから、荷物置いていらっしゃい」
学校の荷物を直すために、自分の部屋に向かった。
「海人」
「じ、じいちゃん?」
部屋に向かう途中の道場で、座禅を組んでいた祖父に引き留められた。
「こっちに来なさい」
「あ、はい」
呼ばれて、祖父の前へ向かい、座り込んだ。
祖父は俺の目をジッと見つめて数秒沈黙した後、握っていた右手を開いて鍵を俺に手渡してきた。
「これは、何の鍵?」
「この家の裏に小さな蔵がある。そこにはこの町に関する資料や価値のある品が置かれてある、活用しなさい」
「あ、ありがとう」
「私にはこれぐらいしかできない。海人が今背負っているものは、他の者に移りゆくことはない。だが他の者と協力することもできない。海人一人でやらなければならない」
「それは……」
「私はたった一人大切な人を亡くした。助けることができたと思ったのに、本当は救えてすらいなかった。彼女の暗闇を晴らすことができなかった」
「分かった」
「呪いなどはどうでもよいのだ。今もなお、苦しんでいる者がいるということを、忘れるでない」
「うん」
「私はもう寝る。頑張りなさい」
「ありがとうございます」
祖父はそのまま道場の奥の自分の部屋へと消えていった。
『変わってないんですね』
「昔にあったんなら、見た目結構変わってるんじゃないの?」
『いえ、あの目の輝きはあの頃のままです』
いつかの呪いで引き起こされた事件を、祖父は未だに忘れていなかったのだろう。
あの桜の木に向かうのも、ここで毎日座禅を組んでいるのも、多分その忘れない人のためにやっていることなんだろう。向かい合って座ったあの瞬間、俺は祖父の気持ちを少しは理解できたと思う。
「飯食ったら、見に行くか」
とりあえず、学校の荷物を自分の部屋に置きに行った。
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