第3話 図書室の魔女

 昼休み。

 窓の外から多数の男子がこちらに向かっていくのが見えたので、そそくさと教室から抜け出した。実行委員関係でやることがあるので、どこか静かな場所で作業をしたかったので好都合。

 ということで、あまり人気のない図書室にやってきたわけだ。


「というわけなんです、九井ここのい先輩」

「図書室にその人達が来たときは速やかに退出してほしいかな」

「守ってくださいよ」

「図書室が静かにするところだよ」


 九井紬ここのい つむぎ

『図書室の魔女』と呼ばれている、三年生。俺の先輩だ。

 授業はあまり受けず、大体図書室が勉強をしている。学年でもトップを争う成績の持ち主で、本人の意向もあり授業のほとんどを免除されているらしい。とりあえず凄い先輩だということだ。


「君が最初来た時も、同じ状況だったから」

「信用がないと……」

「私の聖域を怪我してほしくない」

「善処します」


 九井先輩は今日も難しい本を読みながら、ノートに問題を解いていっていた。

 俺はその向かいの席で、実行委員の仕事に取り掛かっていた。


「でもやっぱ図書室誰もいませんね」

「みんなスマホに夢中なんですよ。本に興味持ってる人なんてほんの一握りです」

「まあ、便利ですからね。スマホで本も見れますし」

「私は紙の本が好きだから。それに、スマホのおかげでこうして静かな時間を過ごせるの。ちょっと感謝してる」

「僕もあんまスマホ触らないですね。最近のトレンドとかについていけないです」

「そういうこと話せる人いないから、不必要かな」

「そうですね、ははは」


 出会って二週間程度だが、九井先輩にはいくつか話してはいけないことがある。

 まずは、対人関係。図書室に籠ることが多いからか、親しい人がどうやらいないらしい。そして明らかにこの話題になると、声のトーンが下がる。

 そして、勉強関係。と言っても、分からないところの質問には答えてくれる。聞いてはいけないのは、今何をやっているのかなど、彼女がやっている勉強についてのことだ。一回どんな勉強をやっているのかを聞いた時は、あからさまに拒絶された。以来、この話題は絶対に出さないようにしている。

 基本的いい人なんだけど、ちょこちょこ触れてはいけないところがあったりする。だからと言って嫌いになるわけではない。これぐらいの距離感の方がちょうどよいとは思う。琴葉や賀平にガシガシ付き合わされているからだろう。


「今日はあの二人はこないの?」

「……琴葉と賀平ですか?」

「うん」

「今日追われていた原因は多分あの二人にあると思うので、放課後までは会わないようにしています」

「それは大変だね」

「……僕の不幸話、おもしろいですか?」

「ふふ。おもしろいよ」

「はあ」


 九井先輩は笑っていた。


「先輩って本とか結構読むんですか?」

「まあ、それなりにだけど」

「じゃあ、物知りなんですか?」

「本を読む人みんなが物知りだとは思わない方がいいけど。今までに読んだ本の中での知識なら教えられると思うよ」

「じゃあ、質問なんですが。この町にある桜の木について何か知ってます?」

「桜の木って、丘の上にあるあの?」

「そうです。公園っぽいところの」

「私歴史物はあまり見ないので。見たことがあっても、世界史とかなんですよね」

「ですよね」

「でも、そうですね」


 九井先輩は何かを思い出しているかのように、一呼吸間を置いて。


「桜を題材として絵本がいくつかあったと思います」

「それはあの桜の木ということですか?」

「そこまでは分かりませんが、もしかしたら桜に関する本を探していけば何かあるかもしれません。探してみますか?」

「勉強、いいんですか?」

「たまには息抜きも良いと思います」

「ありがとうございます」


 というわけで、図書室にある桜に関する本を二人で探すことになった。


「桜の美しさは、年齢問わず皆に愛されるものですから」

「絵本でも出てくるし、大人向けの本でも取り扱ってるやつありますよね」

「でもどうして急にあの桜の木が気になったんですか?」

「なんとなく、というのが答えなんですけど。思い当たることがあるとすれば、俺のじいちゃんですかね」

「柊木君の?」

「前あの桜見に行った時、珍しくじいちゃんと会ったんです。物静かな人なんで会話はなかったでしたけど、寂しそうにしてたというか」

「何か特別な思い入れがあるということでしょうか」

「結構昔からあるみたいだから、何かそこであったんでしょうね」

「柊木君のお爺様に質問してみては?」

「ちょっと苦手といいますか」

「ふふ」


 二人で本棚を探し回って、桜に関係する本を見つけては中身を確認する。パソコンで検索できるようにはなっていないので、手作業で進めていかなくてはならない。二人で他愛のない会話をしながら、桜の本を探していくのだった。

 探し始めて、二十分経ったぐらいに、九井先輩は俺に一つの本を差し出した。


「これ、多分私が見ていた本」

「絵本っぽいですね」


 タイトルは、『しらなでさくら』。

 俺達が住む町の名前がついている。あの桜の木の名前だろうか。


「中身見たけど、私のうろ覚えの記憶と一致してるから」

「その可能性、高そうですね」


 俺達は席に戻り、見つけた謎の絵本を読み進めていった。




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