第2話 可愛い後輩
玄関を出ると、英単語帳にジッと目を通す琴葉がいた。
「なんだマジメじゃないか」
「……やっぱどれを見ても、同じ文字列にしか見えないよ」
「日本語もそうやって認識してんのか?」
「日本語はなんというか……フィーリング?」
「じゃあ英語もお得意のフィーリングでなんとかしなさい」
「見捨てないで~」
歩きながらも英単語帳とにらめっこをしている。
その勉強の姿勢に称賛を送りたいが、その勉強法はあまりにも危険なので英単語帳を取り上げて強制的に辞めさせた。その代わりに、昨日の授業でやったことを口頭で質問して答えてもらう方式で勉強に取り組んでもらおうと思う。
「三角関数って覚えているか?」
「さ、さいんこさいん、た、たん……」
「……ダメだこりゃ」
「だって数学って英語使うんだよ!!!」
「どの学問でも最終的に英語が基本になるんだぞ。というか、勉強教えるとは言っても、どこから教えればいいんだ?」
「できれば二次方程式とかさ」
「中学校の内容なんだが……」
琴葉と俺は高校二年生だ。
「真面目に授業受けて、どうしてそんなに覚えられないんだ?」
「なんでだろう……」
「別に根本的にバカなわけではないことは分かってるんだがな。興味がないからか、じいちゃんの言われたことはしっかり覚えているはずなのに」
「なんでだろうね~、ははは」
笑う琴葉。本人は大して気にしていないようだった。
問題だとは思うが、それでも悩みこんでいないならばそれでいい。ちょっとずつやっていこう。中学校の最初から。
「やっぱ~、運動できる人ってどうしても勉強ができないと言いますかぁ。白百合先輩って、せっかく運動もできるし可愛いのに。ちょっと残念ですよね」
「背後からぼそぼそ耳打ちするのやめてもらっていいか、
「せ・ん・ぱ・い。苗字じゃなくて、名前で呼んで。ちゃんと、ゆ・めって」
「きゃあ! 賀平ちゃん、いつも突然現れるよね!」
「海人せんぱ~い。なんで白百合先輩は名前で呼ぶのに、私には呼んでくれないんdねすかぁ。せっかく先輩を訪ねて、同じ高校に進学してきたのにぃ」
「名前で呼んだら学校中の男から果たし状が飛んでくるから嫌だ」
「そんなありもしないこと言わないでくださいよお」
「残念ながら経験則だ」
一度だけあった。誰もいないと思ったはずの場所で名前を呼んだら最後、昼休みに学校中の男子が俺のクラスに押し寄せてきた。最初で最後のモテ期だ、男からだが。
「もし襲われそうになったら、
「原因は君なんだけどね」
俺と琴葉と同じ高校の一個下、一年生だ。俺とは中学校の頃から面識があるが、その頃から変わらず男子の視線を全部集める人気者だった。本人自体の可愛さもあるが、SNSでも人気なインフルエンサーなのも人気の一因だと思う。女の子向けのメイク道具とかを紹介しているらしい。男からだけでなく、女からも人気がある。
そんな子が俺を慕ってくれているのは嬉しいが、理由は分からない。
「二人の世界に入らないで! 海人と学校行けるのは私の特権なんだよ!」
「白百合先輩、今日も海人先輩の家から出てきましたよね? それって不純異性交遊ギリギリなんじゃないですかぁ? 学校長にコネあるんで、さっき撮った写真と一緒に報告しちゃおうかなぁ」
「海人!! やっぱこの子、私苦手!」
「朝からうるさい」
「ほら、白百合先輩怒られてるじゃないですか」
「むむむ! 海人ちょっとえこひいきなんじゃないかな!」
「…………」
道行く人の視線を浴びているのが分かる。賀平の可愛さの問題ではなく、単に二人が大きな声で吠えているからだ。
「賀平、お前朝から俺の家の前で待ち伏せするのはやめてくれ」
「別に実害出てないんだから、いいじゃないですか」
「朝から子守りするのは嫌なの」
「それなら白百合先輩も同じじゃないですか!」
「私は毎日やることがあるから、海人の家に行ってるだけなんだから!」
「琴葉も琴葉だ。やることやったら、一人で学校に向かいなさい大人しく」
「海人が寂しいと思って!」
「たまには静かに登校させてくれ……」
賀平が同じ高校に進学してきてから二週間程度経つが、一度も静かに登校したことはない。
「あ、そうだそうだ。海人先輩、桜も散り始めているんで、ちょっと遅いですけど花見とかどうですか? 私とっておきの映えお弁当作ってきますよ」
「フォロワー稼ぎに俺を使うな」
「いやだなぁ~。写真は花見に行く前に撮りますから! 私は先輩と一緒に楽しみたいんですぅ」
「花見なら、私が先に行ったんだからね!」
「下校途中に立ち寄っただけだろ」
「ちょ、先輩! そういうの絶対報告してくださいよ」
「へっへ~。海人は私のものだもんねぇ」
「高校生になって、あっかんべえはやめなさい」
「こういう先輩と付き合わない方がいいですってぇ」
「…………」
二人の喧嘩に、割り込むのはやめよう。
「桜見に行った時も聞いたと思うんだけど、あの桜って名前なんなんだろう」
「あー、そういえば言ってたな」
「何がですか?」
「大きな桜の木があるだろ? 丘の上の。結構大きいのに観光名所みたいになってないし、そもそも名前がないんだよ。どういう品種なのかもさっぱりなんだ」
「確かに看板とかありませんよね」
俺達が住む町、
全国的に有名な場所がない田舎だが、誰もが目を見張る大きな桜の木があるのだ。さっきも言った通り、名前だったり歴史だったりが一切不明。この町の歴史にも一切顔を出さない綺麗な桜の木だ。
「私の周りで知ってる人いるかもしれませんね」
「まー、賀平は人脈広いもんな」
「わ、私は無理だぁ……動き回って調べていくしか」
「勉強だお前は」
「んー、気にしてみたらなんとも不思議な桜の木ですね」
「綺麗なんだけどな」
「不気味なぐらいの綺麗さですよね」
よく参考画像として見る桜のように、この町の大きな桜の木は必ず満開になる。
そういえば誰かが今年は例年以上の綺麗さだと言っていた。前行った時に近くにいたご老人が言っていたはずだ。
「また見に行くのも大いにありかもな」
「だったら私お花見用のお弁当作りますね!」
「海人は私とお勉強だよ!!!」
二人のせいで、行く気を無くした。
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