桜咲き、少女散る

KO

桜の章

第1話 道場通いの少女

柊木ひいらぎ』は江戸時代でこの周辺の土地を治めていた偉い立場の一族だった。今となっては過去の話だが、そのおかげもあってか普通の人では住めないような大きな家を持っている。

 と言っても、時代錯誤な見た目をしているが。


 俺を含めた、柊木ファミリーは四人。

 俺と父母、そして祖父だ。

 祖父と母が血縁関係であり、父親は柊木家に婿入りする形としてやってきた。

 そういう関係だからか、実質柊木家は祖父が大黒柱となっている。

 祖父は物静かな人だった。

 働いてはいないが、柊木が所有する畑で農作業をしている。

 日中はただ黙々と作業をこなし、それ以外は道場でずっと座禅を組んでいる。

 道場はあれど、武術を教えていたのは数年前まで。今は一人を除いて、教え子を持ってはいない。


 俺も昔は護身術を教わっていたが、今はもう教わっていない。

 というか、祖父とあまり関わりを持てていない。物静かな人で話しかけづらく、向こうからもあまり干渉はしてこないから。

 自分の部屋から居間に向かうまで道場を横切るので、起床と睡眠の前後には必ず祖父と遭遇するのだが、そういった関係もあって少し気まずい。


 父親と母親はいつもラブラブな感じだった。これは話す必要もない。

 祖父から教わっていたこともあって、父は母の尻に敷かれていることくらいは覚えておいてもいいかもしれない。


 というわけで、今日も今日とて起床した俺は居間に向かうために道場を横切るのである。


「おはよう、じいちゃん」

「うん」


 会話終了。目を瞑り座禅を組む祖父は、今日も何を考えているのか分からない。


「あ、海人かいと! 今日はちゃんと起きれたんだよ!」


 祖父の隣で同じく座禅を組む少女がいる。

 俺を見るなり、ササッとこっちへやってくる。


琴葉ことは。朝の座禅はもういいのか?」

「もう終わったから平気だよ! さ、早く学校に行く準備しよ!」

「やっぱ寝起きにそのテンションはキツイ……」

「じゃあ、お爺ちゃん! また夕方くるね!」

「うん」


 白百合琴葉しらゆり ことは

 二年前から俺の祖父から武術を教えてもらっている少女。

 母親の友達の娘らしく、俺が知らない間に親交があり、その伝手で祖父の道場が紹介されたらしい。実の娘の頼みは断れないらしく、道場を辞めた後も祖父は琴葉だけ面倒を見ている。女の子で見た感じは華奢なのだが、俺より遥かに強い。


 祖父もしっかり指導しているところを見る限り、才能はかなりあるんだろうな。琴葉も琴葉で学校の部活に所属せずに、ほぼ毎日この道場に通っている。相当気に入っているようだ。


「今日は納豆ご飯とみそ汁と、肉じゃがが少しあったよ」

「……俺の朝飯を逐一報告しなくてもいいんだよ」

「だって、朝ごはん気になるじゃん!」

「そこまで気にならん」


 居間に向かう廊下を二人で並びながら、他愛のない会話を繰り広げた。

 これが俺の朝の習慣。習慣と言うべきか、なんというべきか。

 琴葉が毎朝来るもんだから、こうなる。


「おはよう、海人。ご飯はもうできてるわよ」

「母さんおはよう」

「琴葉ちゃんは、コーヒーでいいかしら?」

「砂糖とミルク沢山でお願いします!」

「ふふ、分かったわ」

「それ別にコーヒーじゃなくていいじゃねえか」

「苦いのがいいんじゃん!」


 母親が作ったコーヒーを受け取って、ちょっと表情を崩しながら琴葉はコーヒーを嗜んでいる。俺はその隣で黙々と朝ごはんを食べる。


「琴葉ちゃんは毎日道場に通えて偉いわね。海人にも見習ってほしいもの」

「いやぁ~」

「毎朝座禅のためにやってくるのは、琴葉ぐらいなもんだろ」

「何がいいたいんだよ!」

「あたおかってこと」

「ひどいよ!!!」


 ジタバタとうるさい。


「海人も琴葉ちゃんがいて嬉しいのよ。ごめんなさいね」

「えへへ~。私も知ってるので~」

「…………」


 黙々とご飯を食べる俺。


「最近の学校はどうなの? そういえば、もう少しで文化祭でしょ?」

「そうなんだよ! 文化祭の準備でもう大変!」

「文化祭って、秋ごろにやるものかと思ってたんだけど。あなた達の学校は全然違うのね」

「秋は体育祭やるんですよね。涼しい時に運動できるの、私はとても嬉しいです!」

「琴葉ちゃんは運動得意だものね! 勉強しか取り柄のない海人とは大違いね」

「琴葉は全教科赤点常習犯だぞ」

「ちょ、海人!!!!!」

「学校内で中間試験前に特別授業受けてる唯一の女学生だ」

「あらあら、青春ね~」


 目の前のダメ学生を青春の一言で片付けるのは、大人としてどうなんだろうか。


「でもでも! テスト週間は海人が見てくれる予定なんだよ!」

「あらあら~。それじゃ、お菓子とか色々用意しておかないとねぇ」

「それは楽しみです!」

「先生から泣きながらお願いされただけなんだがな」


 琴葉は別に不真面目な学生というわけではなかったりする。

 学校の中でも真面目な部類に入ると思う。授業中はしっかり教科書を開くし、分からないところは積極的に質問するし、勉強にしっかり興味を持っている。

 彼女は理解力がなさすぎるのだ。100が頭に入り込むと、体のどこかから99飛んでってしまう感じなのだ。


「文化祭ぜひ来てくださいね! 私達のクラスは海人が実行委員やってるんで、面白いものに仕上がるはずです!」

「あら? そんなこと聞いてないわよ」

「…………」

「海人、伝えてなかったの?」


 母親に自分の近況を伝えると、地獄が始まるので伝えてはいなかった。

 気にしてくれるのはありがたいが、自分のことを根掘り葉掘り聞かれるのはちょっと気恥ずかしい。学園祭の実行委員のことを離すと、最終的にはクラスの可愛い子の話までに発展してしまうのだから。


「実行委員やってると、やることがあるって雑な理由で現場を離れることができるから便利なの」

「去年も同じ理由でやってなかったかしら……」

「海人ってそういうところあるよね~」

「真面目なのか不真面目なのか……。お母さんちょっと心配よ」

「別に質の良いものを出せる予定なんだからいいじゃん。優秀だろ」

「はいはーい! 文化祭はクラス一丸となってやることに意味があると思いまーす! 海人も参加するべきだと思いまーす」

「クラス全員の予定とか予算スケジュールの管理とか、その他もろもろの雑用を手伝ってくれるなら考えてやるよ」

「え、えんりょしまーす」

「まあ、当日ちゃんと出し物出せてるなら問題ないんじゃないかしら。それより今年はミスコンとか開催しないの?」

「去年も聞いてきたよなそれ」

「今年も開催されないみたいですよ」

「あらそう? 私のいた高校は毎年ミスコンで大盛り上がりだったのに。時代も変わるものね」

「人の見た目で順位つけるの今の時代ご法度なんだろ」

「そんなもんかしらねえ」


 ちなみに母さんは三年連続ミスコン三位らしい。なんとも微妙だ。


「六月に文化祭だからまだ二か月あるし、余裕よね。梅雨が終わってればいいけど」

「問題はその前の中間テストだな」

「聞きたくないよおお!!」

「学年最初だから、範囲も少ないから安心だよ」

「ぎゃわああああああ!!」

「普通に授業受けてたら解ける簡単な問題だから」

「琴葉ちゃんが壊れちゃったんだけど……」

「いつものことだ」


 朝ごはんを食べ終わり、琴葉をそのままにして自分の部屋に向かった。

 学校に行く準備は終わってるので、寝間着から制服に着替えるだけだ。

 部屋に向かう途中で祖父とすれ違ったが、まだ座禅を組んでいた。


「物好きだよなぁ……」


 祖父に聞こえない程度の声で呟いてしまった。

 気付いた時には毎朝祖父はここで座禅をしていた。俺も祖父から色々と教わったことがあり、その過程で座禅を組まされたこともある。段々とやっていくうちに、やる意味が分からなくなり、いつしか毎朝の座禅は日課ではなくなっていった。

 よくも飽きないで続けれるなと思う。いつかコツでも聞いてみたものだ。


「ま、教えちゃくれないだろうがね」


 制服に着替え終わり、琴葉の待つ玄関へと向かった。


「海人、さっきの話なんだけど、実行委員とかテスト勉強で帰りが遅くなることってあるの?」

「あ~、実行委員は家でもできることがあったりするから。問題は琴葉の家庭教師の件だな……」

「この家でやらないの?」

「それは琴葉の都合しだいだろ。もし遅れるなら、早めに連絡するようにするよ」

「晩御飯の用意があるから、放課後になるまでに連絡ちょうだい。連絡遅れたら、問答無用で家でご飯だからね」

「りょーかい」

「じゃ、気を付けてね」

「うい、行ってきます」


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