第30話 噂

 放課後、文化祭の準備は一気に加速する。

 生徒たちはクラス一丸となって、それぞれが考えた素晴らしい企画を成功させようと頑張っている。俺達のクラス、タピオカ屋さんもそれと同じだ。

 図書室で、琴葉との当日までのスケジュールの確認をやっている。


「でも今更じゃない? ブームは過ぎ去ってると思うんだけど」

「専門家じゃないのに、そんなこと言うのは早計だろ」

「でもさでもさ、なんでタピオカやろうなんて思ったの?」

「そりゃ、人気だから売れるかなって」


 その実、作るの簡単考えるの簡単準備も簡単で、簡単すぎる題材だったからで。

 ブームが過ぎ去っているのは知っている。だからこそ、他のクラスとも被ることはなかった。


「でもおかげで準備ももう終わりそうだし、さ」

「みんな凄いよね~。装飾も一気に終わっちゃったよ」


 金曜日。

 残る仕事は、頼んでいたタピオカやジュースを学校に運び入れるぐらいだ。

 その仕事も、日曜日に他のクラスメイトに任せてある。こうやって、色々な仕事を勝手に割り振れるのは上に立つ者の特権だろう。


「しかし、海人も中々にあくどいよね~」

「なにが」

「色んな人に仕事を任せちゃってさ~」

「それが仕事なんだもん。肉体労働は得意な人がやればいいさ」

「そんなもんなのかなぁ~」


 図書室で二人っきり。

 いつもいるはずの九井先輩はいない。ただ学校にはいるらしい。昼休みに放課後は用事があるから、図書室に来るのが遅くなると突然メールが来た。なぜか、突然。


「なんか、二人で話すのも久しぶりな気がするな」

「そうだね~。結愛ちゃんも、九井先輩も、今日はいないもんね」

「……そうだな」


 賀平は、また体調不良で休んでいた。

 今度は、メールに返信すら来なかった。


「心配じゃないの?」

「心配だよ。でも、連絡手段を断たれてたら、何もしようがないだろ」

「私は、心配だけど、何もできないから」

「俺もだよ」


 琴葉も、賀平の異変を感じ取っているのかもしれない。

 賀平からメールの返信がやってこない。

 電話をしても、折り返しすらやってこない。

 悪夢が終わって、数日。

 何も進展なし。

 本来ならば、しっかりと賀平と会話して、賀平の悩みを聞いて、賀平のことを知って、賀平に歩み寄らなければならないのに。

 連絡が取れない状態のまま、ずっと立ち往生している。


「どうにかなんないの?」

「今はどうにもなんないよ」

「大丈夫なの?」

「……大丈夫だ」


 一瞬の沈黙は、俺の迷いによって生じたものだった。


「じゃあ、安心だね。やれることはやるけど、何かある?」

「やって欲しいことは、メモでまとめるかな」


 ペンと紙を取り出して、琴葉にやって欲しいことを書き連ねていく。


「あ、でも私ができないことを書かないでね」

「じゃあ、無理じゃん」


 俺はメモ帳をクシャクシャにして、鞄の中に突っ込んだ。


「ちょっとひどくない!!!」

「おい、図書室は静かにしとかないと」

「誰もいないから、関係ないでしょ!」


 誰もいない静かな空間に、琴葉の声が響き渡った。


「冗談だ。また別の紙に書くから、待ってろ」

「も~!」


 牛になった琴葉に頼みたい用事を、今度こそ真面目に書いていく。


「あら、珍しい。白百合さんも一緒?」

「あ、先輩」

「九井先輩~! 海人がいじめてくるんです!」


 扉から現れた九井先輩に、琴葉が泣く真似をして抱き着きに行った。


「女二人と密室とはね。ウフフな展開で、満足?」

「先輩、怒ってます?」

「海人を懲らしめてください、先輩ッ!」

「白百合さんはこう言ってるけど、どうしたらいいの?」

「聞かないのが一番じゃないですかね」

「ほお。なら、その逆を張ってやろう」

「ちょッ!」


 先輩は突然、懐から何かを取り出してこちらに投げてくる。

 ちょうど胸のあたりに向かってきたので、身体で受け止めることで怪我をすることはなかった。が、


「アッツ!!!」

「差し入れだよ」

「わあ、ありがとうございます!」

「缶コーヒーはありがたいですけど、夏一歩手前のこの時期にちょっとおかしいんじゃないですか!!」

「あら、図書室ではお静かに」


 人差し指を口に付けて、微笑む。

 とんでもない返しをされた。


「自分たちの教室でやらないの?」

「準備も大詰めなんで、一人で集中してやりたいんです」

「一人で?」

「ん?」


 先輩は琴葉の方を、指さした。


「まあ、数え方的には合ってると思います」

「ん? なんか遠回しに酷いこと言われましたね、私」

「はてさて、私は知らないということにしようかな」


 先輩は自分の缶ジュースを開けて、俺の向かいの席に座る。


「……図書室って、飲食禁止じゃないですか?」

「どうせ誰も見ていないよ」

「結局一番悪いの先輩じゃないですか」

「せっかくのご褒美なんだから、じっくり味わってね」

「……ありがとうございます」


 先輩から貰ったホットコーヒーを啜る。

 ブラックだったから、苦かった。


「そういえば、ついさっき妙な噂を聞いたよ」

「妙な?」

「職員室に用事があってね。その時ちょうど一年生の教室を通るわけだ」

「はい」

「賀平さんのことだ。今は体調不良で学校を休んでいるそうだが」

「そうですね」

「実は体調不良ではないのではないか、という噂を一年生の誰かが口にしたのを偶然耳にした。そこで私は三年生という権力を振りかざして、その噂を聞きだすことに成功した」

「権力は振りかざすものではないんですけどね」

「確か柊木君は、賀平君のSNSアカウントを知っていただろう?」

「知ってますけど」


 ざわりと、胸に妙な感情が流れ始める。


「どうやら、彼女は炎上しているらしい」


 炎上。

 まさか、とは思ったが。

 あの妙なコメント欄を見て、そして呪いと繋がれた賀平。

 何が起こり得るか、頭の片隅でちょっとした予想が生まれていた。

 まさかそれが的中するなんて、とは思っている。


「何か、ひどいことをしたとか?」

「さあね。私にはそれを調べることもできないから」

「……分かりました」

「私は、良いことをしたかな?」

「十分すぎるほど、ありがたい情報でした」

「それじゃ、次は一緒に一日デートしてくれるね」

「…………」

「ちょ、ずるいよ! 聞いちゃいけない話だと思って耳を塞いでいたけど、それだけは捨て置けない話題なんだよ!」

「ぜ、善処します」

「それじゃ、予定は後でメールで送ることにしよう」


 ピピっと、先輩がそういった直後にケータイにメールが届いた合図がなった。

 開くと、そこには先輩の都合がつく日付と先輩が所望する日付が乱立されている。話した直後にメールが届くって、用意がいいなぁ。


「それで、君はどうするの?」

「まだ、考えがまとまりません」

「何を優先するかは、しっかり考えてね」

「はい」

「ねえねえ、炎上ってなに?」

「この時代を生きてその言葉を知らないのか? というか、耳塞いでたんじゃないの?」

「耳塞いでいても、案外聞こえるもんだよね」

「いやまあ、それは分かるけど」


 プライバシーもくそもないじゃないか。


「炎上って言うのはな……」

「SNSで何か事件が起きると、炎上って言うらしい」

「……ありがとうございます、先輩」

「海人、説明できていないじゃん」

「言葉は使うけど、実際どんな意味かも分からないなんてよくあるよね」

「逃げた……?」

「事件の詳細は、私には分からない。そこは柊木君に任せようじゃないか」

「それは、はい。大丈夫です」

「炎上という単語しか、彼女に関する情報は得られなかった。そこから色々推測することはできない。柊木君に思い当たることはない?」

「まあ、前アカウント見た時にちょっとだけ不安に思うことも」

「妙なコメントでもあったかい?」

「いくつか、見られましたね。アンチコメント、というやつですかね?」

「あ、んち?」

「ファンとは逆の存在、というべきか。いや、気持ち悪い連中のことだ」

「それ説明できていないと思うんですけど。誹謗中傷ってわかるか?」

「え、と……聞いたことがある気が」

「まあ、悪口のことだ。そういうのが大体の投稿に書かれていましたね」

「同じアカウントだった?」

「いえ、色んなアカウントがありました。ほとんどが捨てアカみたいでしたよ」

「なるほど。でも、アンチコメントだけで炎上するとは思えないね」

「そうです」

「悪いことなのに?」

「まあ、悪いことなんだけどな。大体の人は無視するか軽くあしらうかだね」

「じゃあ、もっと悪いことでもしたんじゃない?」

「……確かに、結構核心ついたことを言うな」

「純粋ゆえに、だね」

「……?」


 琴葉に準備しておいてほしいことを書いたメモを、琴葉に渡す。


「帰るの?」

「ちょっと、気になることがあるので」

「分かったよ」

「え、ちょ……」

「ほら、白百合さんは一緒に本でも読もうか」

「え、ああ、はい」


 俺は急いで荷物を片付けて、琴葉と九井先輩に一礼をして図書室を後にした。

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