第29話 悪夢の終わり

「…………」


 寝起き、そして呆然。


『どうかされました?』

「久しぶりに安眠できた」

『……?』

「今日は、悪夢見なかった」

『随分気分が良さそうですね』

「まあ、ずっと悩まされてきたからな」


 思い返してみても、今まで見てきた悪夢の記憶はない。

 あの凍える寒さも。

 ゴミだらけの部屋に閉じ込められる寂しさも。


「これは何を意味するんだろう」

『悪夢を見なくなった、意味ですか』

「……嫌な予感がするんだが」

『私も、曖昧な記憶しかないですから』

「はぐらかした?」

『曖昧なのは本当ですよ。少しずつ鮮明になってきてはいるんですが。どうしてでしょうね』

「いずれそういうのも、解決してかなきゃならないんだけどな」


 だが、今は別のことが優先事項だ。


「区切りがつくまでは、この悪夢と一緒だとは思っていた」

『ええ』

「その悪夢が、綺麗さっぱり無くなった」

『……ちょっとだけ、思いだしました』

「カウントダウンか……」

『悪夢を見なくなった数日後に、事件が起きました』


 悪夢は、俺と首吊り桜の呪いで繋がった相手の深層意識を映したものだ。

 これは首吊り桜のいたずらだろうか。呪いの相手を救ってほしいのか、それともただ何もできない自分を見て笑っているのか。

 意志があるのか分からないけど。

 悪夢は俺の無意識と繋がっている。首吊り桜の呪いについても、ごくわずかだが感じることもあった。今回の一件にも、微かな呪いの意志を感じた感触もある。


『呪いに何かしらの意志があると?』

「そんな感じしない?」

『……そうでしょうか? いえ、私自身呪いについてはよく知らないですし、そもそも呪いに繋がっているという感覚すらも』


 突如として悪夢が終わる。

 呪いの対象の深層意識を見せてくる。

 救ってほしいのか、救ってほしくないのか、全く分からない。

 呪いは本当に、誰かを自殺に追い込みたいと思っているのか?

 そんな疑問を、さくらに伝えてみる。


『私はどちらかというと、呪いに縛られている感覚ですかね』

「何かを訴えかけているのか、それともただ馬鹿にしてるだけか。鮮明に繋がっている訳じゃないからさ、よく分からないけど」

『簡単に言葉でまとめると?』

「誰かに見られてる気がするんだ」

『その感覚は、私には分かりませんね』


 だろうね、と一旦この話を終わらせた。

 学校の準備を軽く終わらせて、道場を通って食卓に向かう。母親はいつもの笑顔で、朝食を出してくれる。


「最近、帰り遅いけど、危ないことしてないでしょうね」

「警察のお世話には一切なってないから大丈夫だよ」

「あら、本当に? お母さん心配よ」


 笑顔で、というかニヤニヤしながら、こっちを見てくる。

「青春ね~」って。恥ずかしいから、やめてほしい。


「文化祭の準備もあるだろうけど、深夜帰りとか朝帰りとかやめてよね」

「その辺はしっかり守るよ」

「あと晩御飯遅らせるなら、早めに連絡よ」

「は~い」


 朝ごはんを食べながら、これからのことを考える。

 これからの優先度は、悪夢の正体を探ることだ。悪夢を見させる、呪いの対象が誰なのか、そしてその人が死ぬことを食い止めること。

 急ぐ必要がある。悪夢を見なくなったのは、悪い兆候だと思う。さくらが言っていた通り、これは終わりへのカウントダウンだろう。

 この悪夢の正体は、一体誰なのか。


「検討はついているどころか、多分そうなんだろうなぁ」


 頭に思い浮かべるのは、賀平の姿だった。

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