第28話 夜道、悩む
賀平と夜道を歩く。
本屋からの帰りのついでに、賀平に迎えに行くとメールを送った。
数分後に返信が届き、スーパー近くのコンビニ前で待ち合わせをして、途中までの帰路を共にする。
「先輩からメールが来て、バイト中に声出ちゃいました」
「バイト中にケータイ見てもいいのか?」
「ダメなので怒られちゃいました。そして店長には茶化されました」
「あの人かぁ」
頭に浮かぶスキンヘッドの店長。
ニヤニヤしながら賀平にちょっかいをかけている姿が目に浮かぶ。
「最近店長機嫌いいんですよね~」
「そうなの?」
「ですね。いつも以上に話しかけられちゃいました」
「話しかけられるって……どんなこと話すんだ?」
「お化粧道具とか人気のスイーツ店とか、ですかね?」
「なかなか乙女だね」
「いやん! 先輩褒め上手ですよぉ」
「いや、君じゃなくてね……」
「休憩中とか、互いのメイクのやり方教えあったり」
「友達みたいだな」
「母親みたいなものですね」
賀平は照れ笑いする。
「一回会っただけだけど、優しい人だったね」
「ほんとですよね~。あの人の怒っている表情は見たことないです」
「あまり怒らない人なの?」
「見たことないのは表情だけですよ。笑顔で怒るタイプです」
「こっわ」
あのガタイで笑顔で攻めよられたら、俺なら絶対腰を抜かしてしまう。
そんな店長のことを、賀平は嬉しそうに語ってくれる。そういえば、こうやって賀平から一方的に話を聞くことはなかったように思える。彼女自身はSNSをやっているから、話すことはたくさんあるはずだ。だが、俺との共通の話題はSNSをやっていないからないわけで。
いつもみたいな会話もいいけれど、こうした一方的な会話も悪くないと思う。
「聞いてます、先輩?」
「おお、聞いてる聞いてる」
「嘘ですよね」
「なんでそう思うんだよ」
「先輩の呆けた顔は、話を聞いてない合図です」
「えぇ……」
「そんな顔も、素敵ですよ。せんぱい!」
やけに上機嫌な賀平。
前の弱弱しかった声はどこにいったのか。
なぜそこまで上機嫌なのか理由は分からないが、元気でいてくれるなら何よりである。それが本当ならば、だが。
「ねえ、先輩」
「ん?」
「ありがとうございます」
唐突のお礼。
「どうした、いきなり」
「先輩がバイトの迎えにきてくれて、嬉しかったですから」
「あのな、近くにたまたまいただけで……」
「それでもですよ。迎えに行くっていう選択をしてくれたじゃないですか」
「……そうか」
言葉が詰まる。
賀平はとても嬉しそうに、こちらを見上げてくる。
ただ俺は、首吊り桜の呪いが頭から離れなくて、義務感に動かされてしまっただけだと思っている。はたして、本当にそうなのだろうか。
自問自答。
俺は賀平と、どういった関係を望んでいる?
「…………」
「また呆けた顔してますけど」
「最近考え事すること多くなったからかなぁ」
「多感な時期ですからね」
「そうだねぇ」
「適当な返事ありがとうございます」
「いや、待って違う。何をどう返せばいいのか分からなかったんだ」
「多感な時期、て話ですか?」
「そうそう」
「思春期にはよくある話だって、クラスメートが話してました。高校生は色んなこと悩んで、特に恋のこととか。というか、恋愛以外の話聞いたことないなぁ」
「女子高生が考えそうなことだわな」
「でもまあ、恋愛以外もそうなんじゃないですか?」
「最後投げやりじゃない?」
「わ、私だって分からないんですから!」
賀平は怒る。適当じゃないように見えて、かなり適当な賀平だった。
思春期、か。
「他の人は、そんなもんなのかね?」
「多感な時期って話の続きですか?」
「今思い返せば、俺は反抗期なのかなって」
「ん? お母さんに暴力とか振るってるってことですか?」
「いや、それはあり得ないんだけどさ。思春期の前って、反抗期でしょ?」
「そうですけど」
「思春期じゃない気がするんだよね、俺」
「……はあ」
なにその呆れたため息みたいな返事は。
「賀平は露骨に出すね、感情」
「自分が思春期じゃないなんて、どうやって判別するんだろうって」
「そりゃ、親に反抗しなくなった時じゃないのか?」
「詳しくは知らないですけど、多分違うと思いますよ」
「そうなの?」
「だから、詳しく知らないんですってば!」
思春期トークとはこのことか。
「先輩って、何を悩むんですか?」
「う~ん。人付き合いとか?」
「適当ですね」
「なぜそう思う?」
「先輩が人付き合いで悩むとは思えません」
「うん? なんか棘のある言葉だなぁ」
「はぐらかすってことは、人に話せないってことですね」
「うん、まあ」
そうだね、とは言いづらい。
実際人付き合いで悩んでいる。ニュアンスは合ってるし。
でも賀平がわざわざ話すのを止めてくれているのだし、これ以上話す必要もないし、話せるわけもない。
「悩むのは、いいことなのかな」
「悪いことだと思いますよ」
「え?」
賀平の即答に、ちょっと驚く。
「悩みなんて、ない方がいいに決まってるじゃないですか」
「でも、悩みがないなんてさ」
「寝れば忘れる。それぐらいで十分ですよ」
「……誰かに相談できればそれでもいいのかな」
「…………」
黙る。
賀平は少し俺より前を歩いている。
だから、彼女の表情は分からない。
「相談できれば、ですね」
ポロリと、彼女の口から出るその言葉。
「賀平だって、俺に相談してくれたっていいんだぞ」
「そう、ですね」
「……悩みがあるなら、聞くぞ」
「ふふ。大丈夫ですよ。私に悩みなんて、あるわけないじゃないですか」
「そうか」
「SNSやってる人なら、そういう耐性もあるってことです」
「凄いなぁ~」
俺なんて悩みが尽きないというのに。
賀平はきっと、強いのだろう。
――本当に?
悩みは自分で解決しようとする賀平は凄いな。
――本当に?
賀平は本当に……。
「賀平」
「はい?」
「大丈夫か?」
「……大丈夫ですよ」
前、賀平と電話したことを思い出した。
あの声と同じ、そんな声が彼女の口から聞こえてきた。
――賀平は、何か悩んでいる。
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