第27話 試練みたいなもの
「本当に約束守ってくれるなんて、思ってなかった」
「逆に約束破るなんて思っていたんですか?」
「忘れてた、みたいな軽い感じで捨てられるものかと」
「そんな薄情なつもりはないんですけどね……」
放課後、約束通り九井先輩と一緒に本屋へと向かう。
冗談とは告げずに、先輩は淡々と俺に毒を吐いていく。ぐさりぐさりと、俺の心に刺さる言葉の槍をしっかり受け止める。先輩はこういう感じでいて、なんだかんだ楽しんでくれているのだ。それに本気で思っているわけでもない。
多分。
「賀平さんの件は、解決したの?」
「はい、とりあえずは」
「とりあえず? ちょっと含みのある言い方だね」
「忘れ物はしっかり返せたんで、そこは大丈夫ですね」
「そう。それ以外は?」
「まあ、察してください」
「話さないってことは、そういうことなんだろうけど」
「ははは」
「全然笑えてない。頑張ってね」
「……ありがとうございます」
頭をちょっと下げて、俺は心からの感謝を伝える。
こうして、なんだか気遣ってくれる九井先輩には本当に感謝している。ただ、それと同じように九井先輩への不安もある。こんな優しさの裏のどこかに潜む何かに気を付けていかなければならない。
きっと彼女も、賀平と同じだ。
ただ、それでも。
今は賀平の方が優先度が高い。それほど、彼女は危ない場所に立たされている。
「私なんかより、行くべき場所があったんじゃないの?」
「そうかもしれないですけど、今は九井先輩と一緒にいることが正解ですね」
「へえ、それはどうして?」
「先輩と一緒にいれるのは珍しいですし、新鮮で楽しいです」
「……そう」
今ちょっと恥ずかしいことをいった自信がある。
最近は悪夢だったり呪いだったりで、こういったゆったりとした空間に居られることは本当にありがたいことなんだ。それを踏まえての言葉だったんだけど、なんかちょっと誤解の生まれそうな言い回しだったような。というか、言わない方がよかった言葉もあったと思う。
正直なことを言ったから正解なんだろうけど、誰かから見たら不正解な言い回しだったかもしれない。
「でも私も同じだし、こういうことをするのも」
「こういうこと、というのは?」
「誰かと一緒に、なんてことあまりなかったから」
「そ、そうですか」
「今友達がいないんだな~、て思ったでしょ?」
「え、えぇ。そんなこと……」
「いいのよ、事実だし。それに過ぎたことだしね」
それは、俺と出会えたからって、遠回しに伝えてくれているのだろうか?
「もう卒業も間近だから、今更の話だからね」
違ったぁ!!
「どうかしたの?」
「い、いえ。ちょっとだけ」
恥ずかしくて、九井先輩から顔を逸らしてしまう。
「何を考えていたの?」
「いや、この話は止めましょう」
「…………?」
「そうですね。あの本の思い出とか聞いてみたいです」
無理矢理、話を逸らす。
「思い出?」
「はい。そもそも、どうしてあの作者の本に出会ったのか、とか」
「そんなこと聞いて、どうするつもり?」
「単純に興味があるだけなんで……」
「私の秘密を知ろうだなんて、何か裏があると思った」
「先輩は国家秘密でも握ってるんですか?」
「まあ、こんな価値のないこと、簡単に明け渡すんですけどね」
「一気にグレード下がりましたし、そんな卑下しなくてもいいんですけどね」
そんなポロポロ言葉が出る先輩は凄かった。
「そうね。私があの作者のことを知ったのは」
「…………」
「本当に偶然なの」
「え?」
「たまたま手に握ったのが、それだったの」
「はぁ」
「悪い?」
「悪いとかそんな……」
「それでなんとなく、作者の本は全部読んでみたの」
「なんとなくで、そこまでできるの凄いと思いますよ」
「それだけ」
「そこから読書するようになったとか?」
「始まりでも、何でもないのよ」
「そうなんですか?」
「そうよ」
淡白に、先輩はそういった。
俺にオススメするぐらいだったから、他の本や作者よりも思い入れがあるなんて思い込みをしていた。実際はそんなこともないらしい。先輩は嘘を吐いているとはちょっと思ったが、その真偽の程は先輩の無表情で分からなくなった。
「ごめんなさいね。あなたに、そんな軽い本を紹介しちゃって」
「いえ、大丈夫です。面白かったですし、僕は結構はまっちゃいました」
「そう。それは嬉しいわ」
嬉しい、か。
それはどういう意味の嬉しいなんだろうか。
「さあ、六法全書でも買わせようかしら」
「読む頃には、老後を楽しんでいると思います」
本屋に到着した。前と同じように、『姫とドラゴン』の作者の本が並んである場所まで向かう。うろ覚えだった自分とは違い、先輩は我が家のようにスルスルと進んでいく。俺が気に入った作者の本。先輩は次に何をオススメしてくれるだろうか。
「それじゃ、ここからここの間の本を読んでみてね」
「え、先輩が選んでくれるんじゃないですか!?」
先輩は左手と右手で、本の指定だけをする。後は俺に任せるつもりらしい。
「選んでるじゃない。ここからここまで、よ」
「てっきり先輩が次の本を……」
「それじゃ、まだまだよ。前買った本と同じぐらいの読みやすさが全部ここにまとまってる。それを全部読んだら、次のステップに進んであげる」
「試練みたいなもんですか」
「そうよ。いつかこの作者の本を全部乗り越えたら、また別の試練を用意してあげる」
「あ、そこは免許皆伝じゃないんですね」
「まだ小学校入学ぐらいね」
それは道のり長すぎる。
というか、俺まだ幼稚園児なんだ。
「私が卒業するまでに、中学生になれるといいね」
「残り学生生活の尊い時間を全て読書に費やしたら、なんとかたどり着けそう」
「無理ね」
「じゃあ、結局無理じゃないですか!」
あと二年で何とかならないものが、あと一年で何とかなるものか!
「とりあえず、選んでみなさい」
「うぅ……じゃあ、これで!」
無難に左端の本を選ぶ。
「無難ね。平凡」
「言いますね……」
「頑張って。次はしっかり選んであげるから」
「頑張ります」
しっかり選んでくれるなら、頑張る価値はありそうだ。
「じゃあ、買ってきます」
「ええ」
選んだ本を持って、レジに向かう。
先輩は出入り口方面に向かったのが見えたので、出入り口手前で待ってくれているのだろう。それを見て、俺はさっきの本棚まで戻り、あと一冊手に取った。ちょっと頑張ってもいいかなと思ったから、それに先輩はこれでちょっと喜びそうな気もしたから。
会計を済ませて、俺はまたさっきの本棚に戻ってきた。
「大体、全部で30冊ぐらいかな」
目で見て簡単に冊数を計算してみる。
ただ、一つ一つ厚さも違ったりしている。前の本は三日ぐらいで読み終わったが、それも含めて計算したら、大体四か月か五か月ぐらいかかるだろう。
年越しするぐらいには、先輩の中の小学校には入学できそうだ。
「ん?」
――ブルル。
マナーモードにしておいたケータイが、メールを受信したことを知らせるバイブを鳴らす。こんな時に誰からだろうと、もしかして先輩か、すぐに取り出してメールの内容を確認する。
『差出人:九井先輩』
やはり先輩からだった。
『ちょっと用事ができたので、先に帰宅します。また一緒に』
また一緒に、何なのだろうか。
とりあえず、先輩は先に帰宅したらしい。俺は一人で帰宅することになった。
何かあったのか聞くのも野暮なので、『了解しました』と一言返信をしておく。
「……う~ん」
ちょっと思いだした、最初のこの本屋での思い出。
威圧感のある九井先輩の父親の姿を思い浮かべる。もしかして、ばったり父親と遭遇したとか? あの時の父親の言動や表情。九井先輩が本屋にいることに対して、あまり良いように思っていない印象を受ける。
家族の問題は、あまり踏み込みにくいが。
ちょっと気になることでもある。
「とりあえず帰らないとな」
もう太陽の姿は見えない。
本屋が学校から遠い場所にあるから、文化祭の準備をあり、暗い道を帰らなければならない。母親には帰りがかなり遅くなることは伝えている。それに対して何も言わなかったので、ちょっと寄り道するぐらいは許してくれるだろう。
そう思い、俺はメールの受信画面から作成画面へと移動させた。
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