第26話 異変

「はい、水筒」

「ありがとうございま~す!」


 月曜乗り越え、火曜日。

 昨日の電話で、俺は賀平と朝一緒に学校に行く約束をした。

 賀平はそれを了承し、俺の家の前で待ち合わせをすることになった。自分の家が待ち合わせ場所と言うのも、なんだか可笑しな話しな気がする。

 約束した時間から少し過ぎて、久しぶりの賀平の姿が視界に入る。

 遅刻したという話を遮るように、俺は賀平に忘れ物の水筒を渡す。


「いつもとは違う、強引な先輩もかっこよかったですよ~」

「はいはい」

「今日白百合先輩はいらっしゃらないんですね」

「無理言って一人で、てお願いした。説得に一時間かかったけど」


 電話越しの鬼気迫る琴葉の声が思いだされる。

「なんでなんだよ!!」って、何十回も聞いた気がする。それでも結局納得してくれて、約束として今度遊びに連れていくことが決定した。そして俺の奢りで晩御飯。


「なるほど。昨日の夜感じた殺気は白百合先輩の……」

「俺の知らないところで、殺し合いでも始める気なのか……」

「知らないところでって」

「ん?」

「先輩が巻き込まれないと、始まらないんじゃないですか?」

「勝手にやっててくれよ」

「つれないなぁ~」


 俺と賀平は、会話を続けながら歩き始めた。

 いつも通っているはずの通学路も、今日はなんだかいつもとは違う景色に見える。

 小鳥のさえずりも、走る車の音も、なんだかいつもと違うような。

 その理由は、無理矢理叩き起こしたこの身体のせいだ。

 以前見てきた悪夢よりもより強力なものを見てしまった。何回も起きては、寝てを繰り返し。その都度悪夢に遭遇して、結局寝不足で。さらに真冬にでもなったかのような寒さに身体を震わせて。今まで生きてきて、一番最悪な朝を迎えた自信がある。

 異常な身体の不具合が、俺の感覚を狂わせてくる。

 賀平と会話もできているはずなのに、それでいて内容は全く入ってこなくて。


「なんか体調良くないんですか?」


 賀平から心配される。


「……大丈夫だ」

「その数秒のだんまりが、全てを物語っているような気がします」

「昨日の琴葉の説得がな」

「本当ですかぁ? 何か隠し事してませんか」


 してるけど、言えるはずもない。


「本当だよ。心配してくれるのは嬉しいけどさ」

「私が看病してあげましょうか?」

「いいよ別に」

「こんな可愛い子が看病してくれるなんてこと、他の高校生じゃ味わえない貴重な体験だと思いますよ~?」

「そうだなぁ~」

「え、その返答予想外です。じゃあ、明日からも一緒に登校しましょうね」

「やだ」

「ん~、手の平返しだなぁ」


 俺は賀平の方に顔を向けず、賀平は俺に顔を向けている。

 適当に反射で返事を返しながら、頭の隅っこで考え事をしていた。本当は今すぐにでも隣の女の子に問い詰めたいところだが、それをしてはならない。

 昨日の電話から少し感じ始めた違和感が、今ここで確信へと変わった。

 それは、隣の賀平がいつも通りの姿であること。そして、悪夢がより強く俺に干渉してきたこと。一緒に賀平と歩きながら、胸の奥でドロドロした何かが渦巻いてる。

 何かが変わり始めている。それは俺と賀平との間にある何か。

 具体的ではないが、それはきっと事実だ。


「ん?」

「…………」

「せんぱ~い」

「どうかしたか?」

「いえ、怖い顔されてたんで。もしかして、テストで赤点とったとか?」

「いや、そんな琴葉みたいな……。まあ、ちょっと微妙なのが」

「先輩って、ほんと勉強できそうなのに残念ですよね」

「うるせ」


 焦り、緊張、不安。

 ネガティブな感情が、いつもとは考えられないぐらい頭の中をグルグル回る。

 せっかく賀平と一緒だというのに。


「せんぱ~い。ちょっとおかしいですよ?」

「……そうかな?」

「なんでちょっと黙ったんですか。何かあるなら、相談受けますよ?」

「そうだなぁ。それじゃ、好きな食べ物はなんだ?」

「相談と思っていましたが、まさか質問会になるなんて。好きな食べ物は、から揚げですね。よくバイト帰りにお惣菜買って帰ります!」

「へえ。意外だなぁ」

「……え、それだけですか?」


 そんな適当な会話が続いて、俺と賀平の朝は終了する。

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