第24話 報告会

 結局昼休みにも、賀平の姿はなかった。

 賀平のクラスメイトに聞いても、賀平については詳しく知らないようだ。なぜ休んでいるのか、今どんな状態なのか。連絡もつかず、分からずじまい。

 そのまま放課後を迎えてしまったため、用事を済ませた後図書室に向かった。

 九井先輩からのミッションがまだ残っている。『姫とドラゴン』を読んだ感想を伝えなければ、恐らく俺は酷い仕打ちを受けるのだろう。九井先輩が優しいことは知っているが、優しい人の方が怒ったら怖いって言うし。

 図書室の扉を開けると、やはりそこには九井先輩しかいなかった。

 図書室の殺風景さというか、人気の無さとか。学校側はもう少し図書室を有意義に使う方法を考えたらいいと思う。


「こんにちは」

「うん」


 淡白な挨拶を交わして、俺は先輩の向かいの席に座った。

 実のところ、文化祭関連の用事を済ませていたために予定した時間より遅れて到着した。だから、一言二言毒を吐かれても仕方がないと覚悟していたのだが。


「…………」

「…………」


 ちょっとだけ、先輩の機嫌が悪いように思える。

 こういう時は、自分から話題を振ったほうがいいと思うのだ。よし。


「きょ、今日は天気がいいですね~。雨降ったりで色々散々だったので、ちょっと嬉しいですよね~、ははは」

「……白百合さん大丈夫そう?」


 俺の決死の話題も、綺麗に跳ねのけられてしまった。


「なんとか大丈夫そうです。対策してなかった副教科は惨敗でしたけど、一番心配だった国語もなんとか赤点ラインちょうどを取れてて」

「そう」

「先輩の鉛筆の教えがあったこそですね」

「そうね」

「え~」

「……そうね」


 機嫌が悪いと感じてはいたが、悪いというより落ち込んでいるのか?

 俺の言葉に機械的に返事をしている。それに、『え~』なんて簡単な言葉にも返事してしまう始末。心ここにあらず、と言った感じだった。

 先輩はジッと本を眺め続けて、俺は適当にスマホを弄るという妙な空気が生まれてしまった。本来『姫とドラゴン』を読み終わった感想を伝えるためにやってきたのだが。どうしたものか。


「…………」

「…………」


 沈黙に耐えられない。

 なんとか会話が続くように、会話を始めてみよう。


「先輩、ちょっと聞きたいことが」

「なに?」

「読み終わったので、他の本も見てみたいなとか勝手に思ってるんです」

「そうなの?」

「そうなんです」

「……意外」

「そうですか?」

「読み終わらないと、思ってたから」

「読みやすくて、しかも読み始めたら止まらなくなっちゃいまして」


 実際、ちょこちょこ休憩してて土日全部の時間を使っちゃったけど。

 でもまあ、ここまでしっかり読めたのも初めてということで。


「それは嬉しい」

「文化祭とかでちょっと忙しいですけど、それでも合間の時間とかでも読んでみたくなってですね」

「そうね。さっきも、スマホ触りながらソワソワしてたしね」

「……え~」

「そんなときも、本とか読みたくなりますもんね」

「え~」

「冗談」


 心にぐさりと刺さる冗談を言い放つ九井先輩。


「それはそれとして」

「せっかく話題だしたのに……」


 冗談に心を刺され、今までの会話も蹴り飛ばされて、ちょっと自分のことが可愛そうに思えてくる。先輩のこういう振り回す感じの性格は嫌いではないけど、振り回されすぎて目が回ることも多々ある。

 九井先輩の場合は彼女が会話の主導権を握っていた方がいいと思うから、これでもいいと思う。会話で眩暈を起こさないように、彼女との会話の仕方を学んでいかなければならないなぁ、と今後の課題を見直した。


「それじゃ、また本屋に行く予定を決めないとね。これから行きましょう」

「いやいや、早いですって」

「そう?」

「予定を決める流れで、即行く流れになるのはどうかなと……」

「ダメなの?」

「い、一応予定がまだあるので」

「なんで私が最後じゃないの?」

「いや~、そう言われてもですね」

「そういうところをキッチリしないと、ダメな大人になるよ?」

「そ、そんなこと言われてもですね。というか、大人になるために必要なことですかい、それ?」

「そうやって相手を大事にできないところから、人間関係は崩れていくんだよ?」

「それを真顔で言われると何も反論できないです」


 ようは、大事にして欲しいということなのだろうか?


「どうすればいいんですか……?」

「私の用事を最優先にして。そして私の用事は何よりも長くして」

「……一言で言うと?」

「私以外とはもう関わらないで欲しい」

「……えぇ」


 とんでもないメンヘラがいた。


「元々感想伝えるために、ここにやってきたんですけど」

「次の本が読みたいって言ってくれたから、もういいよ」

「そうですか」

「嬉しかったよ」


 喜んでくれて何よりだ。

 お世辞でもなんでもなく、ただ率直な感想ではあったのだが。そうやって思わせてくれるあの本と、そしてそんな本とめぐり合わせてくれた先輩には感謝しかない。


「予定だけでも決めますかね」

「私は放課後ならいつでも大丈夫。土日は遠慮したいわ」

「それなら早速で悪いんですけど、明日とかどうですか?」

「今からは?」

「だからさっき……」

「明日は大丈夫で、今日はダメなの? なんで?」

「そんな真顔で言われても……」

「文化祭の準備なら、私終わるまで待つし」

「いや文化祭関係ない用事なんで、待ってたら明日になっちゃいますよ」

「それでも……」

「いやいや、冗談でもやめてくださいよ」

「本気だもん」


 いつも通りの表情なのに、いつも以上の気迫が身体から溢れている。

 ああ、多分これ本気のやつだなぁ。

 それから数分間、本屋に行く予定を決めるための話し合いが続く。

 結局明日の放課後に行くことになり、今日これから行くことに関しては九井先輩の中で区切りがついたらしく、もうそれについて言及することはなくなった。本を読んだ感想、を言った記憶はないが、これで九井先輩と約束してた感想の報告は済んだということになる。いつまでもここにいる必要はないのだが。

 さっきからずっと、今日のこれからについて話題に挙げている先輩がいる。

 そのせいもあって、少々図書室から抜け出せない雰囲気になっていた。


「……今日はこれから何する予定だったの?」

「いやその」

「答えられないなら、それでもいいけど」


 なんて言ってるけど、先輩の視線で察する。


「賀平の忘れ物を届ける必要があったんですけど、今日いなかったんで連絡とってみようかなって」

「そう」

「そういうことなんで」

「私より賀平さんを優先するんだね」

「ちょっと低い声でそんなこと言うの、怖いんでやめてくださいよ……」


 ガチガチのメンヘラのそれである。

 この後、包丁取り出して刺し殺してきそうな雰囲気まであるぞ。


「先輩って、意外と演技上手だったりします?」

「演技が上手くなるコツって、役に感情移入するコツだそうですよ」


 いやそれ本気ってことじゃないですか。


「賀平さん、何かあったの?」

「体調不良らしいですけど、詳しいことは」

「連絡したらいいじゃない」

「いやそれを今から……」


 連絡先は以前無理矢理交換させられた。


「放課後の予定ってそれね」

「まあそうですね」

「ふ~ん」


 先輩は冷たい視線をこちらに向ける。


「…………?」

「なんで今から連絡する必要があるの?」

「いやそれは賀平が」

「別に今からじゃなくても、いいじゃない」

「どういう意味ですか?」


 妙に含みのある言葉。

 チクチクと痛む。


?」

「え?」

「今から連絡しようとか言ってるけど、先延ばしにしてるだけじゃない?」

「別にそういう訳じゃ……」

「理由は知らないし、色々と大変なことは分かってるつもり」

「…………」

「優先するべきかどうか、しっかり考えること」

「……はい」


 九井先輩に諭される。

 賀平に連絡なんて、土日にもできた。

 今思えば、店長から話を聞かされた直後に、連絡を取るべきだったのかも。


「優先するべきことをしっかり見極めなさい」

「そうですね」

「そうでないと、柊木君の良いところが無駄になっちゃうよ」

「……そうですね?」

「私はもう少しここにいるけど、柊木君はどうする?」

「帰ります」

「明日は、私優先だからね」

「もちろんです」


 俺は鞄を持って、小走りで図書室を出ていく。

 去り際に、先輩が「またね」と呟いた。

 チクチクと痛む。

 俺は会釈だけしか、先輩に返せなかった。

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