第23話 月曜日の朝

 月曜日になった。

 悪夢にも慣れ始めて、起きた後の対処も難なくできるようになった。

 別に悪夢を見ても気分を害さなくなったわけではない。だから、もしかしたら慣れたという言葉は間違っているかもしれない。起きた直後の気分の悪さを無くすためにスムーズに動けるようになった、が言葉的には正しい。

 一通りの身支度を終えて、いつも通りの月曜日を迎える。

 忘れずに読み終わった『姫とドラゴン』を鞄に入れて、俺は学校に向かう。


 今日やるべきことがいくつかある。

 まずは、九井先輩に本の感想を報告すること。

 次に、賀平の忘れ物の水筒を返すこと。

 そして、琴葉の赤点がないことを祈ることである。

 最後以外は簡単に済みそうなことではあるし、最後に関しても昨日神社にお参りして祈っておいた。ちゃんとお守りも買ったし。


『悪夢も慣れれば、簡単なものですね』


 さくらは、笑って俺にそう言った。

 実際のところ、悪夢は見ないに越したことはないのだが。毎回悪夢を見ることで色々考える余地が生まれるので、ありがたいことでもあると思う。

 たださくらと出会ってから、安眠に巡り合えることはそう多くない。

 悪夢ではなく、別のアプローチがあるならそっちの方が良い。

 手紙とか写真とか、俺に害のないような手段がきっとあると思うんだ。


「いつかゆっくり寝れたらいいな……」


 ぽつりと呟く。

 多分4月の最初の頃に比べて、ちょっと顔つきも変わったと思う。特に誰からも指摘がないということは、もしかしたらそうでもないのかもしれない。というか、そんなことも気にならないぐらいダメな顔かもしれない。

 頭の中でどうでもいい思考がグルグル巡る。これもまた、不眠によって生じる問題でもある。


「海人、おはよ~。今日はちょっと落ち着いているね~」

「……相変わらず元気だね」

「今日は家まで迎えに行けなくてごめんね。寂しかった?」

「静かな朝を迎えられて、幸せでした」

「あれ~。元気のなさそうな顔してたから、もしかしてと思ったんだけどなぁ」

「…………」


 勉強はできないのに、察しの良い琴葉。

 記号問題とかだと、適当に解いて百点でも取れそうなぐらいの勘の鋭さだな。


「今日は結愛ちゃん来てないんだね」

「体調不良だったみたいだし、今日は静かに登校したいんじゃないのかな」

「そうかぁ」

「だから俺も……」

「そういえば、ちゃんと神社にお参りしてきたんだよ!!」

「あぁ、うるせぇ……」


 琴葉は嬉しそうに、俺が買った奴と同じお守りを俺に見せてきた。


「あー、えらいーえらいー」

「ふへへへ」


 俺の適当な言葉にも、琴葉は純粋に喜んでいる。

 その無邪気さに、俺はちょっと気分が軽くなる。


「……赤点とったとしたら、多分付きっ切りで手伝えないから」

「文化祭の準備? でも、海人はそこまで動かなくてもいいんじゃなかったけ?」

「動くことはないけど、考えることはある。裏方の仕事を積極的にやってくれる人はそういない。皆文化祭を楽しみたいだろうしな」

「裏方も素敵だと思うけどなぁ」

「資料を作るとかシフト考えるとか、クラス全体に指示を飛ばしたりとか。パッと見地味だからな。騒いで楽しめる方が好きだろうし」

「文化祭一緒に遊べない?」

「流石に俺も楽しみたい気持ちもあるしな。全くシフトを入れないなんてことはできないけど、当日は時間作るつもりだし」

「それだったらいいんだけどぉ~、ぶ~」


 学校に到着するまでは、ちょっといじけた様子の琴葉だったが、教室に入ったらいつもの琴葉に戻っていた。

 悪夢に悩まされているとはいえ、登校時間はいつもと変わらない。始業のベルが鳴る30分前には、学校につくようにしている。教室の中には生徒が数人、大体の生徒が10分前に教室に辿り着くように登校している。


「琴葉~。ちょっと用事があるから、この紙を先生に渡しに行ってくれないか?」

「う、うん、いいけど。用事って?」

「ちょっとな~」


 俺は適当に返事をして、自分の教室を後にした。

 目的地は賀平の教室。琴葉に見えないように、賀平の水筒を隠して持っていく。

 琴葉は勘が鋭く、俺の些細な変化に気づいてしまう。もし賀平の水筒を持っていることがバレたら、なぜか不味いことになってしまう気がして、こうしてコソコソと移動している。

 賀平が所属するクラスの教室がどこかは把握している。だが、足を運んだことは本当に数回程度だ。賀平に無理矢理呼び出されて、何度も学校中から殺気を向けられたことか。こういう時に、賀平が有名人であることを実感する。

 彼女と一緒にいる時そう感じないのは、もしかしたら賀平が裏で手をまわしているのかもしれないな。


「あ、ごめんなさい。ちょっと聞きたいことが……」


 賀平の教室の扉の前にいた女子生徒に声をかける。

 賀平の所在を聞くと、まだ来ていないということだった。教室の中を覗くと、こちらも同様に生徒は数人しかいない。確かに賀平の姿はなかった。


「昼休みにまたくるんで、賀平には話を通して置いてもらえませんか?」

「分かりました」

「あとなるべく内密に……」


 そう念押しして、俺は自分の教室に戻ることにした。

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