第22話 些細

「ありがとうございました~」


 外の方から元気な小学生の声が聞こえてくる。

 予約していた自分にも連絡が入ったので、あの部屋を用いた小学生の活動は終わったのだろう。自分が登校していた小学校にも地域の自然や歴史について調べものをする時間があったなぁ、と思いだす。

 係員の人に鍵を貰い、僅かな小学生の頃の思い出を反芻しながら部屋に向かった。


『今日こそ、何か手がかりが見つかるといいですね』

「見つからない可能性の方が高そう」


 そもそも、あの部屋に重大な手がかりがあるとも限らない。

 あるとしても、膨大な資料からそれを見つけ出すのも一苦労。ある程度の目星はつけられるけど、その目星がそもそも間違っているなんてことも有り得るわけで。


『小さなことだって、気づいていないだけで大きなことに関わってくるかも』

「気づけばな」


 部屋に入ると、前と一緒で匂いが俺の鼻をくすぐった。

 久しぶりにやってきたが、前と変わらないその風景。小学生達が使ったらしい形跡はどこにもない。立つ鳥後を濁さず、ともいう。しっかりと活動ができたらしいことが伺える。

 とりあえず、前と同じように地元新聞の前回呪い発生時前後の年のものを一気に取りだした。鞄からはノートを取り出し、ケータイのカメラ機能を開く。ノートは情報をまとめるために、カメラは情報をいつでも取り出せるように。


『なんだかやる気満々だね』

「空回りしないといいけどな」


 まずは、地方新聞をしっかり文字を追いながら、この時代に何が起こったのか頭で理解するように努めた。桜の花見が中止になって、その年を境に行事としての花見をすることはなかった。その理由はきっと、呪いの影響だ。首吊り桜とか言われてるんだから、桜の木を用いた首吊り自殺があったとかだろうか。

 ふと、思ったことを口にする。


「首吊り桜ってさ。一体だれが名付けしたんだ?」


 首吊り桜、なんて不謹慎な名前。

 今はその桜の呼び名は違う。以前見つけた絵本には、『しらなでさくら』なんて名前が付けられていた。が、町の人の誰もその桜を名前で呼ぶことはない。その桜は元々名前がなかったかのように、放置されている。

『首吊り桜』と『しらなでざくら』。

 あの桜は一体どっちが本当の名前で、どっちが先に名付けられたのか。


『私が生きていた時には名前すらなかったですよ』

「となると、名前はさくらがし……幽霊になった後か」


 ちょっと失礼な言葉を言いそうになったので、口を一度閉じて言い換えた。

 数秒黙った後、俺はあることに気づく。


「『首吊り桜』という名前を、いつから知ってた?」

『……最初から知っていたような、知らなかったような?』

「曖昧だなぁ……。じゃあ、さくらはどうやってその名前を知ったんだ?」

『えぇ、と……』


 さくらは小さな声で唸りながら、どうにかして答えを頭の中から導き出そうとしているようだった。だがその様子だと、名前を知ることになったキッカケは思いだせないのだろう。

 本来名前を知らないはずのさくらが、もし誰にも伝えられることもなく名前を知っている状態だったとするならば、どういうことが考えられるのか。

 ノートの端に、頭に残った疑問を書き残しておいた。

 首吊り桜と呪いとさくら。

 次の桜が咲く頃まで、という期限が存在する。そんなルールがあるならば、他に何かしらのルールがあってもおかしくない。呪いに関係する事柄同士、何かしらの因果関係があると考える。


「助けることも重要だけど……」

『それはそうだと思いますけど』

「この呪いを断ち切らないと、終われないよなぁ」


 ふと、そう呟く。

 さくらは数秒呆然とした後、ふっと笑って、


『ありがとうございます』

「うん」


 持っている記憶は曖昧。

 自分のことも曖昧程度にしか把握できていない。

 恐らく呪いに何十回も翻弄され続けた、幽霊の少女は笑顔だった。

 呪いを解くことに関しては、さくらのためということもある。

 もう一人。頭に思い浮かんだ人がいる。

 それは俺の、祖父の顔だった。

 あの人は今、自分と同じような運命を辿ろうとする自分を見て、何を思っているのだろうか。もしこの呪いが解けなければ、きっと他の誰かも同じ運命を辿ることになる。数百年前から続く呪いの歴史。その終止符をいつか止めなければ。


『私も、色々思い出せればいいんですけど……』

「大丈夫」


 ノートを閉じて、机にバラまかれた新聞を元の状態に戻して、棚の方に戻した。この部屋には新聞以外にも沢山の資料が眠っている。もしかしたら、あの桜の木に言及したものが眠っているのかもしれない。

 新聞から得られる情報はもうないと踏んで、他の場所を探す方が良いかもしれない。軽い気分転換にもなる。新聞紙を読むのは、ちょっと飽きてきた。


「ちょっと休憩だ」


 ケータイのカメラ機能をオフにして、俺は何も考えずに画面を指で弄ってみる。

 休憩とは言いつつ、飲食するなら図書館の外にいかなければならない。それはちょっと面倒だ。ゲームをしている訳でもないし、賀平みたいにSNSで活動をしている訳でもない。だがなんとなく、画面を弄ってしまう。

 そういえば、賀平のSNSを全然見てない。

 滅茶苦茶見てほしいと言われていたけれど、そういう習慣もないもので、結局一二回しかみていない。しかもちょっとだけ、一瞬チラ見した程度。

 思いだしたのも何かの縁だし、SNSしっかりと覗いてやろう。


『そういうの見るの初めてです』

「昔にはないからな。ネットもなかっただろうし」


 だろうどころか、そもそもテレビすらそこまで普及してなかったのではないだろうか。


『写真を撮って、皆に見せるというものですか』

「そうだ。自分のおすすめしたいものとか、色んな人に見てほしいものとか」

『君はやらないの?』

「そういう趣味もないしな」

『めんどくさいという気持ちが前面に出てる返事だね』

「……正解」


 写真を撮って、なんか手を加えて、SNSに挙げて、コメントに反応する。

 まあまあ、めんどくさい工程を踏まなければいけない。それに、誰かとシェアしたいなんて気持ちは全く湧かない。そんなの親しい人同士で、直接会って話す方が俺は有意義だと思うのだ。

 ただ、俺とは相いれないことを、賀平は一生懸命取り組んでいる。

 よくそんな彼女と仲良くできているものだ。


「……う~ん」


 賀平が挙げている写真は、メイク道具とかカフェのスイーツとかそんなものばかり。男の俺には全く響かない写真ばかりだった。が、それでもかなりの反応を貰っている。最新の画像は、前回行ったカフェの写真。そこのコメント欄には、「ぜひ行きたい」というようなものが沢山寄せられていた。

 いくつか読む気も失せる最低なコメントもあるが、それはSNSをやる上なら避けては通れない道だろう。それも踏まえても、賀平のSNSは綺麗に運営されているように感じる。これも才能か、写真の上の彼女はとても輝いて見える。


「……でもやっぱ、そんなハマるものでもないな」


 賀平の写真コレクションをざっと眺めて、自分にこういったものは合わないんだと再確認した。これから触れることもないだろうが、賀平が頑張っているのだから応援はするつもりである。前みたいに一緒にカフェに行ったのも、そんな気持ちがあるからだ。


『う~ん』

「どうした?」


 俺と同じく、画面を眺めていたさくらが何か不思議がるような声を出す。


『上の方の写真は、一枚だけの写真が多いですね。もっと見てみたいけど、残念』

「……確かにそうだな」


 このSNSの画像の仕組みとして、上が新しい写真で、下が古い写真となっている。画像の枚数や文章などに注目しながら、賀平の写真を観察していく。彼女の言う通り、最新の投稿になるにつれて、写真の枚数が減少傾向にあった。

 しかもそれだけでなく、写真の内容も若干の変化がみられる。


「賀平自身、あんま自分の写真を撮らないようにしてるのかな」

『あ~、確かに』

「それに文章も端的になってるな。最初の頃とか、結構店の感想とか書いてるのに」


 投稿する写真の枚数が減少している。

 文章の内容がより端的になっている。

 賀平自身の写真よりも、物の写真が増えている。

 賀平が頑張っている姿を見てはいるが、それにしてはあまりに淡白な内容にはなっている気がする。


「でもこれも作戦なのかもな」

『作戦?』

「本当かどうかは分からないけど、紹介したいものにより注目してほしいとかかな? それに最近は企業案件も請け負ってるみたいだし」

『……なんですかそれは』

「企業から紹介された商品を実際に使ってみて、それをSNSで紹介するんだ。そうやって有名な人を経由した方が、商品が売れるみたい」

『よく分からないけど、色々大変なんですね』

「どこもみんな頑張ってるんだよ」


 企業案件も受けるようになって、投稿にちょっとした意識の変化があったのか。

 色々な理由はあると思う。

 ただ、俺の胸の奥でざわざわと何かが動いたような気がした。

 俺は、些細な不安を抱いている。

 その不安が一体何に対してのものなのか。

 考えることが多すぎて、俺はそこまでの結論に達することができない。

 一旦考えるのを辞めようと、俺はケータイの画面を閉じる。


 来週の月曜日から、色々大変なことばかりだと。

 俺はため息が漏れた。

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