第21話 姫とドラゴン

 前の土日は、琴葉の勉強に付きっ切りだった。

 一人で過ごす休日というのも、なかなか良いものだと思う。

 騒がしいのも嫌いじゃないが、こう静かでゆったりとした時間が好きだから。

 ただやるべきことがないわけではなかった。

 昨日九井先輩から選んでもらった本を読まなければならない。月曜日には読んだ感想を先輩に伝えなければならない。無視するという選択肢もあるわけだが、先輩のことを考えたらその選択はあり得ない。


 というわけで、本を読むなら図書館だ。

 以前やっていた新聞での調べものもしたかったし好都合、だったのだが。

 まさかの小学校の行事と重なって、この町に関する昔の資料が集まっている部屋で午前中小学生が活動を行うらしい。だから、使用できるのは午後からという話だ。一応予約はしておいて、午前中は読書をすることになる。


「メリハリがあっていいけどな」


 空いていた個人スペースの椅子に腰かけ、鞄から本を取り出した。

『姫とドラゴン』。

 簡単にあらすじだけは調べてある。

 一国のお姫様は完璧なお姫様。いずれは一刻を背負う者となるために、色々なことを幼い頃から学んできた。ただお姫様は不満に思っていた。自分の運命と背負うべき覚悟を嫌っていた。そんな折、出会ったのは一匹のドラゴン。自由に空を飛び回り、自由気ままに生きているそんな生物だった。

 そんなお姫様とドラゴンの出会いから始まる物語、らしい。

 あらすじを読んだ程度だが、物語のテーマが分かってしまうぐらい単純な話だった。


「(ボリュームがない代わりに、話が淡々と進んでいくんだなぁ)」


 最初はお姫様に関する色々なことが書かれている。

 お姫様がどんな国に住んでいて、どんな生活を送っているのか。どんな人間関係で、どんな家庭環境に置かれているのか。お姫様が日々を過ごす過程を事細かに描写しながら、この物語の背景をしっかりと読者に伝えていく。

 これが物語のスタートとなる。

 頭の中で、お姫様が暮らす国が徐々に形になっていく。

 それぐらい描写が上手で、さらに読んでいて分かりやすかった。誰でもわかる簡単な言葉で、小説の中の世界を作り上げる。先輩が好む理由もわかる。

 普通なら、文章を読んで考えて理解する、という順序で本を読むものだ。だがこの小説家の文章は、文章を読んだ瞬間に理解できる。文章を読むだけで、頭の中で物語が作り上げられていく。そんな感覚。


 そんなお姫様が意を決して、夜中にお城を飛び出した。

 何も考えず走った先で、出会ったのがドラゴンだった。凶暴なイメージが強いが、この物語に出てくるのは温厚なドラゴンだった。お姫様はドラゴンと打ち解けて、やがて自分の不満をドラゴンに話し始める。ドラゴンはその話を受けて、豪快に笑ってみせる。そして、お姫様を背に乗せて、空へと飛び立った。

 お姫様は目撃する、世界の広さを。

 今までお城の中で理想のお姫様を演じ続けていた彼女は、その世界の広さを目の前にして、高らかに笑って見せる。

 さて、夜が明け、城に戻ったお姫様は……。


「……お腹すいた」


 気付けば、正午を過ぎていた。

 本を半分ぐらい読んだところで、集中力が切れてしまった。静かな図書館内でお腹の音を響かせるのはかなり恥ずかしい。ので、昼ご飯をコンビニに買いにいこう。

 荷物は軽く財布だけにして、図書館の外へ向かった。

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