第20話 読書
賀平のバイト先からの帰りに、前に九井先輩と一緒に行った本屋に寄ることにした。前回購入した琴葉対策の本が意外にも面白く、他の本を買ってもいいかもしれないという軽い気持ちで来た。
もしかしたら、俺の趣味が読書になるかもしれないな。活字の本を読む人はうんたらかんたらなんて研究結果があるなんて話も聞く。総じて活字の本を読むことはいいことらしい。こういうキッカケで、読書をすることが習慣になればいいななんて考えたりもしている。
「とはいいつつ、自分で選ぶなんてことになると、買うの躊躇しちゃうな」
世の中が広いな、と思う瞬間。
この世界には沢山の作者がいるんだな、と感心する。店の壁の上から下まで本だらけ、同じ系統の本も沢山存在するようだ。特に好きなジャンルもない読書初心者の俺は、そのとてつもない本の種類に呆然とすることしかできない。
「こういう時に、九井先輩が頼りになるんだな」
「あら? こういう時以外にも頼っていいんじゃないかしら?」
「……これは偶然ってことでいいんですね?」
「こっちの台詞。柊木君がここにいるなんて、珍しいね」
背後から、九井先輩に話しかけられた。
先輩はよくこの本屋に来ているらしいから、まさかとは思ったが。そのまさかが現実になるとは。
「テストお疲れさまでした」
「白百合さんは、大丈夫だった?」
「国語がちょっと不安ですけど、概ね良好でした」
「私のアドバイスが役に立ったのかしら?」
「珍しいですね。僕にはアドバイスすらくれなかったのに」
勉強のことに関してはグレーゾーンの九井先輩が、珍しく琴葉にアドバイスをしていたようだ。初耳であるが、今回の琴葉は赤点ギリギリの成績を獲得した。もしかしたら九井先輩のアドバイスが非常に役に立ったのかもしれない。一体どんなアドバイスを琴葉にしたのだろうか。
「どんなアドバイスをしたんですか?」
「簡単なこと」
「ほう?」
「鉛筆を用意してね」
「ちょっと待ってください」
「なに?」
「まさか鉛筆転がしの話ですか?」
「あら?」
「なんでそんな綱渡りみたいに危険なアドバイスを……」
「それだけじゃないの」
「まだそれ以外に何か……」
「鉛筆はちゃんとこの神社が作っている神聖なやつを使ってねって」
先輩がスマホを取り出して、何かを検索しているようだった。
画面を覗くと、この近くにある学業の神様が祀られている神社の写真が映ってあった。確かに効力のありそうな鉛筆だけど。
先輩は琴葉以上に勉強ができるのだから、もう少しマシなアドバイスできると思うんだけどな。
「というか、前同じ本買いましたよね? その内容全く参考にしてないじゃないですか」
「参考にはしたわ。でも、彼女は常識の範疇を超えていたということよ。結果的に赤点を回避できたんだから、今更こんなことで言いあっても無意味じゃない?」
「……次回はちゃんとしたアドバイスをお願いします」
「善処します」
結果的に鉛筆転がし作戦が上手くいったのだから、これ以上話すこともない。
琴葉のためになっていないかもしれないが、延命治療ということで。
「それで、今日はどんな本を探しているの?」
「特に何かあるわけじゃないんですけど」
「じゃあ、一緒に探しましょ」
先輩がいてくれたことは、幸いだ。読書に興味持ち始めたのに、買った本が全然面白くなかったら最悪だ。読書熟練者であろう九井先輩に従っていれば、間違えることはないだろう。
「九井先輩は、また本を買いに来たんですか?」
「それもあるけど、新作の本とか色々見て回ってたの。本屋って、落ち着くし」
「…………」
「なぜ黙ってるの?」
「いやぁ、ちょっと特殊な趣味だなぁって」
「言い方がちょっとあれだけど、自覚してるから大丈夫」
「す、すみません……」
「活字離れとか言われてるみたいだし、柊木君ももっと本と触れ合っていた方がいいと思う」
「それは思いますが、読んでいて面白くないと……」
「最初の頃はやっぱ面白くないと、興味も湧きにくいしね」
そう言いながら、先輩は歩きながら本を探して回っている。
俺はその後ろを歩く。ただ本を見てるわけでなく、本を探す先輩をジッと観察していた。賀平のこともそうであるが、俺は先輩のことをもっと知る必要がある。
琴葉や賀平とは違い、出会ってそこまで時間も経っていない。
一緒に過ごす時間が少ないから、琴葉や賀平のような距離感で接することもできないでいる。誰とでもフランクに話せる性格だったら良かったのだろうが、もしそうだったとしたら呪いの一件でもっと困ったことになっただろう。
「……ジロジロみられるのは、好きじゃない」
「え、あ、ごめんなさい」
気付けば、九井先輩は本を探すのをやめ、俺と顔合わせ状態になっていた。
「せっかく探しているのに、柊木君がそれじゃダメじゃない」
「で、ですね~」
「興味が湧いたと思ったら、手に取って中を眺めてみる。せっかく取って見れるようになってるんだから」
「ご、ごめんなさい」
軽い気持ちの俺に対して、先輩は真剣だった。
たかが本選び、されど本選び。先輩なりの優しさなのだろう。
読書を始める人の第一歩を、彼女はしっかりサポートしたいのだ。
「ちょっとお願いがあるんですけど」
「なに?」
「先輩が今まで見てきた本の一つを、読んでみたいです」
「私の?」
「です」
単純に選ぶのがめんどくさいというのもある。流石にこれだけ本があって、目的もなく選ぶのは俺には無理だ。それと、九井先輩が読んできた本を読めば、先輩の好みとかいろんなことが知れると思ったから。
「なんでもいいの?」
「……できれば、読みやすいもので」
ちょっとした条件を出してみたが、九井先輩は了承してくれた。
まるで自分の家の中を歩くように、目的としているであろう場所へスルスルと進んでいく。本屋は落ち着く場所だと言っていたが、もしかして毎日ここに通っていたんじゃないだろうか。本の虫だから、本屋がお好みなのだろうか。
「今失礼なこと考えてたね」
「なんでそんな断定できるんですか!?」
「……この本なんだけど」
ちょっと怪訝な表情の先輩が、一冊の本を渡してくれた。
タイトルは『姫とドラゴン』だった。
「小説家の中で、私が一番大好きな人が書いてる。一巻で話が完結するものばかりだけど、その全部の世界観が共通してるから、読めば読むほど面白いよ」
「結構本書いているんですね」
同じような冊子がある場所を見ると、かなりの種類のタイトルが見える。
「その全部が同じ世界観で作られてるから、作品同士の繋がりが分かってくるとより面白いと思うよ。複雑なお話もあるけど、まずは簡単な話から読んでみて」
「分かりました。ありがとうございます」
他のと比べても、本が薄くて量はないようだ。価格もそこまで高くない。最初の第一歩としては、かなり良い本を選んでくれた先輩である。
「先輩、ありがとうございます!」
「その借りは、いつか返してね」
九井先輩は普段見ないような笑顔を見せてくれた。
本を持って、レジに向かい、そして購入を完了させる。待たせていた九井先輩のところに向かい、改めてお礼を言った。
「それじゃ、毎日一緒に本屋に通おうね」
「いや流石に毎日は……」
「二冊か三冊買わないと、足りないと思うし」
「いえ、そこまで読書できるタイプじゃないですし、読むの結構遅い方なので」
いつもより饒舌な先輩を見ている気がする。
嬉しそうで何よりだ。
「早速帰って読もうと思うんですが、先輩はどうされます?」
「私は、もう少し本屋にいるよ」
「そうですか。それじゃあ、俺も」
「私的には、早くその本を読んで欲しいという気持ちが強いんだけどね」
「わ、分かりました」
と、どうやらこれ以上一緒にいるのはNGらしい。
遠回しに伝えようとしているんだろうが、雰囲気的にそう言っていることがガシガシと伝わってくる。これ以上は遠慮しておいた方が良さそうだ。
「それじゃ、俺は先に帰りますね」
「また月曜日。図書室で待ってる」
そういって、俺と先輩は別々の方向へ歩いて行った。
以前ここで先輩と会ったことを思い出していた。あの時はなんと先輩の父親と遭遇するというとんでもない展開があったわけだが。
先輩はなんだかいつもとは違う雰囲気だったし、今回も父親と遭遇すること可能性があるかもしれないから、一緒にいることを許可しなかったのかもしれない。
雨の中を歩いていると、九井先輩からメールが届いていた。
『月曜日に、感想聞かせてね』
テスト勉強をする必要が無くなり、文化祭の準備が始まっていく。
これから大変になること間違いなしなのだが。
「土日ぐらいは、忘れて読書でもしようかな」
ふと脳内をチラつく、先輩の不器用な笑顔。
普段見せない先輩のその表情は、読書をしようというモチベーションになるには十分すぎるほどだった。
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