第19話 距離感
放課後、俺はある場所へと向かっていた。
梅雨も近づいてきたからか、久しぶりの雨に遭遇した。
小雨程度だったのが、家に着く頃には水たまりがチラホラ見えるぐらいには強くなっている。一瞬別日にしようとは思ったが、やはり賀平のことが気になって、俺は傘を広げて外に出た。
一時間ほど歩いたところで、目的地が見えてくる。
以前偶然にも賀平と遭遇した、賀平のバイト先のスーパーだ。
「バイトには来てないだろうけど、賀平のこと聞ければ万々歳だな」
ここに来た理由は、二つある。
一つ目は、賀平がバイトに来ているかもしれないから。
だがこれは、かなり低い確率だ。学校に来ていない賀平が、こっちにだけ顔を出すなんてことは考えにくい。
二つ目は、俺の知らない賀平の一面を知っている人がいるかもしれないからだ。
バイト禁止であるはずの賀平がここで仕事をしているということは、賀平には何かしらの深い事情があるのではと考えた。その賀平を雇っていることは、雇い主はその賀平の事情を知っている可能性も高い。
何かしら賀平のことを知れればいいかな、と思いここにやってきた。
「でもこの場合、誰に話しかければいいんだ?」
店内にはちらほら客もいる。店員も数名いるが、まず話すべきはスーパーの店長だろうが、皆同じ制服を着ているから誰が偉いとか全く分からない。
店員越しに、店長に話を通してもらうしかなさそうだった。
空いてるレジの店員に話しかけ、店長に話があるから呼んで欲しいと伝える。店員はレジ休止中の看板を置き、店の奥に小走りで向かっていた。
一分も待たずして、奥から店長らしい人が堂々と歩いてこちらに近づいてくる。
スキンヘッドで身体の大きな筋骨隆々な人だ。何かこちらを睨みつけているような気がして、滅茶苦茶怖い。
「あ~ら~。何かしら、お兄さん。もしかして、ナ・ン・パ?」
「え、と……」
開口一番。まさかのおねぇ口調。さっきの鋭い目線は、俺をジロジロと観察していただけらしい。別にナンパをしに来たわけじゃないと断りを入れておいた。
「あら? それじゃ、バイトのこと? ごめんなさいね、今は募集してないの」
「いえ、違うんです。ちょっとお尋ねしたいことがありまして」
「なにかしら?」
「が、賀平さんのことなんですが……」
「……もしかして、海人先輩ってあなたのこと?」
「……?」
「よくあの子が名前を出すから、覚えていたの。以前もここで結愛ちゃんと会っていたわよね?」
偶然ここで出くわしたことを言っているのだろうか。
「残念だけど、結愛ちゃんは今日は休みよ。シフトは入っていたけど、どうやら体調不良らしいから」
「そ、そうですか。それは残念です」
やはり賀平はバイトにも来ていないらしい。
「その顔、相当心配してくれてるのね」
「え、そんな顔してましたか……?」
「この世の終わりみたいな顔をしてたわよ」
クスクスと店長に笑われる俺。
「そうね。この後、時間ある?」
「え、ええ。全然大丈夫です」
「ちょっと頼みたいことがあるし、話さない?」
バチンと、ウインクを飛ばされたので、ちょっと顔を逸らした。
店長は近くの店員に何か伝えて、俺を奥の部屋へと案内する。店員が休憩する場所らしく、いろんなものがテーブルの上に置かれていた。
「禁煙だから、煙草吸っちゃだめよ?」
「吸わないですよ」
「冗談よ、冗談」
店長はそういって、ガチャリと部屋の鍵を閉める。
「え……」
「いや~ん! 冗談よ、冗談!!」
お茶目な店長であることは、この数秒で理解した。
「それで、頼みたいことがね」
「はい」
店長は手に持っていた水筒を、こちらに渡してくる。
「これ、結愛ちゃんの忘れ物。届けてくれる?」
「構わないですが、家の住所とか知らないんですよね」
「そ、か……。う~ん」
店長は少し悩んで、
「それじゃ、学校で会った時に渡してくれる?」
「あ、はい」
店長にも、賀平の家のことについて聞かされることはなかった。
賀平も、俺に家の場所を悟られるようにしている動きはある。店長もそれと同じようなことをしたということは、店長と賀平の間にはそれなりの信頼関係があるようだ。そこまで隠そうとする理由は分からないけど、これ以上ツッコむのもあれだ。
「分かりました。学校で渡しておきます」
「ふふ。ありがとう。結愛ちゃんとは、仲がいいの?」
「……仲がいいというか、慕ってくれている感じはありますね」
流石にあそこまで関わってきてくるのだから、それぐらいは誇っていいだろう。
「よく話を聞くって言ってますけど、そんなに俺のこと話題に出してます?」
「彼女、あまり学校のこととか話さないんだけどね。時々話題に出すのよ」
「文句とか言われてません?」
「そりゃもう、いっぱい文句言ってるわよ」
店長は笑いながらそう言うのだった。
賀平の話に上がる柊木海人は、どうやら店長にとっての笑い話になっているようだ。
一体どんなことを賀平は店長に言っているのだろうか。
「彼女寂しがり屋で、それでいて猫被っちゃってるから」
「猫被りは分かります」
「彼女と親しくなったら、正体が見えてくるんだけどね。彼女も距離作るの上手いから、あなたみたいに踏み込めている人は結構珍しいのよ」
「店長と賀平は仲がいいんですね」
「ええ。ちょっとしたご縁でね、頼ってくれているのよ」
「詳しく、聞いてもいいですか?」
「あら?」
俺の質問が意外だったのか、店長はこっちをジッと見つめながら数秒黙った。
そしてさっきまで笑顔だった表情が、一瞬で真剣な表情に変わる。
「あなたにとって、結愛ちゃんはどういう存在なの?」
「え、と……」
「彼女のこと大好きってわけじゃないでしょ?」
「まあ、そうですが」
「そんな曖昧な立ち位置のあなたに、結愛ちゃんの全てを知る必要はないの」
「…………」
「またいつか、あなたの口からしっかりと言葉を聞けたなら、その時は話しましょう。まだあなたを信頼できないの、ごめんね」
分かりました、と俺はすぐに追及を諦める。
何も分からなかったわけじゃない。信頼できる相手じゃないと教えられないほどの何かを賀平は持っていることだろう。それに店長の話すことはごもっともだ。呪いの一件で賀平を気にかけているだけで、それは本当の意味で賀平のことを心配しているわけではないのだ。感情が一緒でも、その根底が違うだけで色々と変わってくるものだ。
もう少し、彼女達に対して距離を縮める必要があるのだろうと、店長の話を聞いて思う。良い感じの距離感であっても、それが本当に正しい距離感であるとは限らない。
「ありがとうございました」
「数分程度の会話だけど、何か得るものがあったらなら嬉しいわ」
「じゃあ、水筒はお預かりしますね」
「ありがと。それと、バイトを探してるなら、うちのスーパーをよろしくね。若い男手、大歓迎だから」
「ははは……」
バイト禁止だから、数年後の話だろうが。
「結愛ちゃんのこと、お願いね」
「任せてください」
俺は店長に見送られて、スーパーを後にする。
賀平と会えるのは土日を挟んで月曜日。預かった水筒はしっかり洗わないといけない。この水筒を渡した時に、また賀平とゆっくり話したいなと、今はそう思う。
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