第16話 凍てつく夢

 俺達の学校のテストは、中間テストも定期テストも月から金まで五日間に分けて行われる。メインの五教科、そして副教科。理科や社会も、化学・生物・日本史・世界史などいくつかの分野にも分かれている。

 午前中に二個か三個の科目のテストを終わらせて帰宅。これを五日間繰り返して、ようやくテストが終了となる。


「一日目のテストって、妙に教室がピリついてますよね~」

「賀平は、どうだったんだ?」

「楽勝ですっ!」

「いいよねぇ、結愛ちゃんは……」

「でも頑張った方だ。赤点はないと思う」

「最初の中間テストだから、範囲も狭かったですし、問題の内容もやっぱ易しいものばかりでしたね」

「じゃあ、皆いい点数ばっかってこと!?」

「学校のテストなんて、内申点狙い以外なら高い点とろうが、赤点じゃなければいいんだよ」

「そんなもんですかね~」


 一日目のテストが終了して、俺と琴葉は今日のテストの確認と明日のテストに向けての特訓だ。賀平は何故かついてきた。


「賀平は自分でテスト勉強をするんだな」

「海人先輩、ひどいですよ。私のことはいいんで、ほら白百合先輩のこと見てあげてくださいよ~」

「賀平邪魔」

「嫌な四字熟語やめてくださいよ」


 一通りのテストの確認を終えた。

 自己採点だが、赤点は回避しているだろう。琴葉はよく頑張ったと思う。初日を乗り切れたのは非常にでかい。一日目を乗り越えられたということは琴葉の自信にも繋がって、明日に向けてのテスト勉強にもやる気を見せている。


「頑張るんだよ!」

「海人先輩は、大体どれくらいの成績なんですか?」

「半分ぐらいだ」

「結構賢そうな感じなんですけどね」

「うるさい」

「九井先輩は学年上位なんですよね? 今度教えて貰おうかなぁ」

「やめておけよ。先輩は自分の勉強に集中させてあげないと、だ」

「そういえば、受験生でしたね」


 それに俺が前教えてもらおうと思ったら、ちょっと不機嫌になったし。

 勉強のことは、そっとしてあげた方がいい。


「二年生の問題、ちょっと気になるな。先輩、貸してください!」

「……お願いだから、静かにしていてくれ」

「海人ォ、暗記できないよぉ」

「社会の教科全般は、暗記が基本だぞ。必要最低限のことだけでもまとめてあるだろ? まずはそこの確認だ」


 賀平に俺の問題用紙を手渡して、琴葉との勉強に集中する。

 社会の科目全般は基本暗記だけでなんとかなる。だが、それだけでは量が膨大過ぎて琴葉には重すぎる。必要最低限のことをピックアップしていけば、あとはそこからひも解いていけば何とかなる、と思う。


「年号は語呂合わせだな」

「いい国作ろう明治幕府、だっけ?」

「1192年は明治じゃないし、そもそも明治では幕府はないだろう」

「ううう。いい国作ろうが印象的過ぎて、全部そっちで考えちゃうゥ」

「適当に自分で語呂合わせ考えればいいじゃないか」

「いい国作ろう平安京ゥ……」

「引っ張られすぎだろ。最早語呂合わせじゃないぞ」

「ぐぬぬ」


 小学生を相手にしているような感覚を覚える。小学生ならふざけて解答するんだろうが、琴葉の場合は馬鹿真面目に回答しているのが面白い。

 多分彼女の頭の中は、1192という数字で一杯なんだろうな。


「とりあえず、年号は適当な語呂合わせで曖昧な感じでいいと思うぞ。それよりもテストでよく出る単語を覚える方が正解だよ」

「いいくに……」

「年号は捨てよう。もう忘れろ」

「……分かった」

「とりあえず、過去問を解きながら覚えていこうか」


 鞄から過去問のプリントを取り出して、必要なものを琴葉の前に置いていく。


「時間もあまりないから、前みたいに長い時間はできない。ぱっぱと解いて、ぱっぱと確認してを繰り返していくか」

「頑張るぅ」

「覇気がないぞぉ」

「先輩、先輩。日本史とは別に家庭かもあるっぽいんですけど、そっちの勉強はやらないんですか?」

「赤点だろうが、補習受けさえすればいい。内申点狙いの奴らは真面目に取り組むんだろうが、琴葉に必要なのはメインの教科だ。こっちが赤点だったら、補習で再試験、突破できなかったら永遠にこの地獄の繰り返しだ」

「それはそれは……」

「メインだけでも、最初のテストで突破してほしいんだよ」

「なるほどぉ。あともう一つ聞きたいことあるんですが」

「なんだよ、賀平。集中させてくれよ」

「先輩、数学の最初の問題間違えてますよ」

「あ?」


 賀平から渡された問題を見て、俺は唖然とする。

 数学の文章問題。簡単な定理を計算するだけで終わる問題を間違えてしまっていた。最初の問題の答えは後々の問題にも使うことが多々あるので、しっかり確認したところその文章問題は全部ミスしていた。


「あれ、それ私半分正解してたところだ」

「最初の計算間違いがドミノ倒しで……」

「こんなの一年生の結愛でも解ける問題ですよ」

「え……」

「見直ししなかったのも原因だなぁ。ちょっとショックだ」

「このテストなら、結愛なら満点余裕ですね」

「勉学もできるとか、本当にうざいな」

「ちょ、もうちょっと言い方ありません!?」

「どうかしたの? 海人去年は結構良かったでしょ」

「寝不足だよ。色々やっててな」

「自分の勉強もあるもんね。ごめん」

「琴葉は謝らないでくれ。そもそも琴葉の勉強を見るのは、自分の勉強ができているのも同じだからな」

「他人に教えた方が勉強効率上がるっていいますもんね」

「俺の不注意だな。でもおかげで、明日からは対策できる」

「それならいいんだけど」

「先輩に教えてあげた結愛のおかげですね」

「うるさい」

「なんかひどくないですか……」


 まだまだテストは四日も続く。

 今日できなかったからと悔やんでいる時間があるなら、明日どうするかを考えよう。



 ******



『そんな精神状態で、良く今日を乗り切れたね』

「夜風が気持ちいい……」


 夜。

 散歩に出かけると母親に伝えて、俺は首吊り桜の下までやってきていた。

 ベンチに座って、桜を眺めながら気分を落ち着かせる。本来呪われている桜の木だが、綺麗な桜であることに関わりない。

 夜風も相まって、気分も良くなってきている。


「テストは休むわけにはいかないからな。琴葉のこともあるし。赤点じゃなかったから、別にどうだっていいし」

『それで、今日の朝はしっかり聞けなかったから、ここで聞いてもいいかな?』

「……どうぞ」

『夢、見たんだろう?』

「見た」


 夢。

 呪いによって、繋がれた、誰かの心を映しだした夢だ。


「気分は最悪。前みたいに三つ一気に来なかったのが幸いか」

『ということは』

「今回は一つだよ。結構長かったけどな」


 気付いた時には、ゴミで溢れる部屋の中に座っていた。

 今回は自分の意志でその部屋を歩き回れることができた。明晰夢というやつなのか、多分呪いの影響だろう。呪いは一体何をさせたいのか分からないが、俺はとりあえず部屋の中を探索することにした。

 探索した結果、ただ色んな種類のゴミがあるだけだった。

 それ以外は何もなく、窓の外は真っ暗で、扉を開けようとも開かない。

 そして何より寒かった。

 雪が降り続けて、雪が積もる真冬の日。銀世界のど真ん中に真っ裸で立たされているような感覚。それがこの部屋にいる限り、永遠に続くのだ。


 寒い寒い寒い寒い。何か羽織ろうともゴミしかなく、ずっと寒さが続いていく。

 極寒だからといって、死ぬこともない。永遠に寒さだけを感じる、地獄のような夢だった。


『それが、あなたが見た夢ですか』

「それ以上のことは分からなくて、結局目を覚ました」

『呪いで繋がれているからこそ、見れた夢。きっとそれが何かのヒントだと思いますよ』

「ヒントというより、SOSな気がするんだ」

『それはまたどうして』

「ちょっと、思うことがあるんだよ」


 あの部屋の中にいて、ちょっと気になったことがあった。


 寒さとは違った、また別の何かを時々感じた。

 それは、”寂しい”という感情。それも自分がそういった感情になった訳ではなく、部屋のどこからかそんな感情が流れてくる感じだ。

 ゴミが溜まった部屋の中で、何かを伝えようとしてくる何かがある。

 そんな曖昧な考えだが、きっとそこにこの呪いの正体があると思う。

 何度も何度も味わいたくない夢ではあるが、この夢を紐解かなければ先に進めない。


『辛い?』

「それでも、これ以上に辛い思いをしている奴がいるってことだ」

『そう』

「辛くても、立ち向かわないとな」


 家に帰ることにする。

 寝る前に、蔵の中でも捜索してみよう。

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