第15話 さくらのれきし

 いよいよ月曜日から、中間テストが始まる。

 直前の土日は学園祭の準備は一旦ストップし、学生全員が全力でテスト勉強に臨んでいることだろう。それは俺と琴葉も例外ではなく、赤点ギリギリを目指す琴葉のサポートをしていく。


「勉強のために図書館とか久しぶりだ!」

「琴葉は図書館にすら行かないから、久しぶりという言葉は当てはまりません」

「ぶぅ! 私だって図書館に行く用事だってあるわい!」

「図書館では静かにすることがルールだからな」

「し、知ってるもん!」


 事前に予約していた個室に向かい、琴葉のために準備してきた勉強道具の用意を始める。数十枚に渡る、テストの過去問。付箋だらけの教科書。要点だけを分かりやすくまとめたノート。テストで赤点を回避するためだけに作った、柊木海人特製の勉強道具だ。


「というわけだ。この土日が本当の勝負だぞ、琴葉」

「う、うん! 頑張るよ!」


 ふすん、と鼻息を荒げる琴葉。きっとこのやる気も空回りするんだろうな、と思ってしまった自分を殴りたい。


「とにかく。この土日は過去問をとことん解いていくぞ。一枚一時間で解いて、その後に答え合わせ。間違ったところはその都度、俺が解説していく」

「分かった!」

「過去問を解く一時間だけは全力でやってくれ。それ以外の時間はダラダラ過ごしてもいいから。自分の底力を少しずつ上げていって、それを実感していこう」

「頑張る!!」

「……頼むから、頑張ってくれ」


 一応念押ししておいて、今から解いてもらう過去問のプリントやその他もろもろの準備に取り掛かる。


「海人は何をするの?」

「この個室は琴葉を集中させるためだからな。俺は別のところで大人しくしとくよ」

「え~! 寂しいよぉ」

「赤点になって補習食らう方が後々面倒だけどな」

「それも嫌だよぉ」

「じゃあ、今我慢しろ。ほら、スタート」

「不意打ち!?」


 と、勝手に過去問タイムをスタートさせて、俺は個室の外に出た。

 ガラス越しに、慌てふためきながらも過去問に取り組む琴葉の姿が見える。なんだかんだ真面目に取り組もうとする姿が見れて、ちょっと嬉しかったりもする。


 というわけで、琴葉のサポートはそういう感じで進めていくことになる。

 俺は、俺のやりたいことをするために図書館に来たわけだが。


『書物がこんなにあるなんて、私が生きてた時には考えられないですね』

「そこまで大きいわけじゃないけどな」


 さくらの感動の声に、俺は小さな声で応える。


「ただ、町で唯一の図書館だけあって、古い本とか結構あったりするんだよな」

『歴史を大事にするよい町なんですね』

「まあ、観光事業に手出すなら、歴史と自然ぐらいなもんだからな、田舎は。そういう歴史あるものは大切にしないと、証拠にはならないし」

『だから、図書館で調べものですか?』

「ですね」


 図書館のカウンターに向かって、こちらも事前に予約していた通り、普通は入れない場所に続く鍵を貰う。


『それは、なに?』

「特に大切にしているものは、許可なしで入れない部屋に保管してあるんだ。その鍵だよ。もちろん手袋とか必須だし、汚したら弁償しなくちゃいけないから慎重にな」

『幽霊の私には関係ないね』

「結構古いものとか沢山あるから、別の幽霊に遭遇したりしてな」


 目的の部屋を鍵で空けると、古い本特有の匂いがぐわっと鼻を刺激する。

 この部屋だけ異質。匂いもそうだが、見た目もちょっと不気味だ。古い本や書類がずらっと並んでいるのをあまり見ないからか。魔導書があっても、おかしくないと思ってしまう。


『誰もいないね』

「誰も興味ないんだろうな」

『どこに行くの?』

「新聞だよ」


 と、ちょっと奥にある今までの新聞が保管されてある棚に向かう。


『新聞で、何を調べるの?』

「とりあえず、俺の爺ちゃんが生きていた時の新聞をざっと眺めようかな」

『まだ死んでないはずなんですけどね』

「となると、70枚ぐらいの新聞を読み漁らないといけないから、期間は絞るけど」

『ちょうど50年前とかだと思いますけど。記憶が曖昧で』

「琴葉のサポートもあるし、ここの出入りとか含めてあまり時間がないから、ざっと読むだけだけど」


 沢山の新聞の中から、50年前ぐらいの新聞を十枚程度取り出して、机の上に広げてみた。取り出した新聞は、白撫町だけに配布されている地方新聞である。


「う~ん。なんか読むだけで寝ちゃいそうな記事ばっかだな」

『日常にありそうな記事が淡々とまとめられてるだけですね』


 二人とも苦笑いの、低クオリティ地方新聞。

 老人だけのボーリング大会のこととか、小学校の運動会の写真とか。白撫町の日常風景を町の皆に知らせる程度の内容ばかりだった。


「まあ、地方新聞なんてこんなもんだろうな」

『別の探す?』

「どうせ、数十分後には個室に戻らないといけないからな」


 襲ってくる眠気に耐えながら、適当に地方新聞の記事を見漁っていく。


「…………はあ」

『何か見つかったんですか?』

「ちょっとだけ、気になるの見つけた」


 見出しは、『お花見中止、残念がる声多数』。


 59年前、白撫町に大きく咲き誇る桜でのお花見企画が突然中止の発表があったようだ。理由は記事には書いていない。記事の文章のほとんどが、参加予定だった老人の悲しみに暮れる声だった。


『そこまで詳しく書いていないみたいですけど』

「首吊り桜での花見の中止。理由も書いてないし、何か理由があるんだろうけど」

『……?』

「この前後の年の同じ月の記事だ」


 60年前と58年前の同じ月の新聞を取り出し、さくらの見せる。


『今まで恒例だったお花見の記事が、58年前の記事にはないですね』

「なくなったというより、抹消されただな」


 他の記事に目を通してみても、やはり59年前の記事を皮切りにお花見に関する記事は一切無くなっている。


「59年前のお花見、。突然ってことは、急な出来事が中止に踏み切った理由になるはずなんだが」

『色々理由は見つかると思うんですけど』

「この月と同じ記事を数十年分は読み漁ってみるしかないかもな」

『大変な作業になりそう』

「この土日で多くの情報を見つけないと、呪いを解くどころか、誰も助けられないじゃないか」


 最終目標は、首吊り桜の呪いを解くこと。

 どうやって呪いを解くのかどうかは分からないが、まずはその呪いの被害に遭っている誰かを救わなければならない。

 それはきっと、


「まずは、過去の出来事に沿って、だ」

『私は干渉できないから、君が思うがままにやってほしい。多分きっとそれも、誰かを助けることに繋がると思うから』

「……はあ」


 いつ襲い掛かってくるか分からない、首吊り桜の呪い。

 見えない恐怖と戦うのは、目に見えた障害を乗り越えるよりも辛いものだ。


『時間、大丈夫?』

「……そういえば忘れてた」


 あれから時間は、一時間半も経っている。

 琴葉の過去問タイムは終了して、本来なら間違えたところの解説に入っているところだ。


「これもこれで、キツイな」


 二つの困難に同時に取り組むのは、さらに苦しいと今実感する。



 *****



「いねぇ……」


 急いで個室に戻ると、琴葉の姿はそこにはなかった。


「ここに来るときには見かけなかったし、もしかしてトイレかも」


 と思って、十分程度待っても個室に戻ってこなかった。

 心配になって、図書館全体を早歩きで巡って琴葉の姿がないか確認していくが、どこにもそれらしき姿はない。

 となると、トイレに行ってる説が濃厚になってくる。と言っても、十分以上もトイレに籠るほど体調が悪かっただろうか。どうなろうと心配しかないので、トイレに急いで向かうことにした。


 図書館のトイレは外にあるので、一度図書館に出ることになる。

 図書館の外に出ると、知らない間に雨が降り始めていた。ずぶ濡れになるほどの酷い雨ではないので、急いでいけばそこまで困ることはない。


 トイレの前までダッシュで向かう途中、トイレの前に数人の男が集まっているのが目に入った。避けては通れない壁に内心不安になりながら、絡まれないように祈りながらトイレの前まで近づこうとしたその時、


「やめてください!!」


 聞きなれた声が、数人の男の円の中心から聞こえてきた。


「いいじゃねえかよ。どこの学校か知らないけど、俺達結構頭いいからさ。一緒に勉強しようよ」

「嫌です!! 離してください!!!」

「この女、急にうるさくなりやがって。トイレ前臭いからよ、さっさとどっか行こうぜ」


 数人の男に囲まれていたのは、ノートを抱きかかえながら震えている琴葉だった。


「ちょっと」


 何も考えずに、とりあえず声をかける俺。


「ああ、誰だ?」


 大きな声で威圧してくる男たちに、ちょっと委縮しながら、


「こ、ここの職員なんですが、トイレ前を誰かが塞いでいると数件の苦情があったので、もしすぐ立ち去らないなら、警察を呼ぶことになるんですが……」

「あぁ!? チッ、行くぞ」


 と、俺の虚言を真に受けて、男たちはさっさとトイレ前から立ち去っていく。


「…………」


 立ち尽くす琴葉。


「大丈夫か」


 反応がない琴葉。


「とりあえず、個室に戻ろうか」

「…………」


 琴葉の手を取って、俺は琴葉を引きずる形で個室に向かう。


「……琴葉は強いんだから、あんな奴ら投げ飛ばせば良かったのにな」


 なんて、冗談を言う俺。


「…………」


 やっぱり、反応がない琴葉。


「……ごめん。時間守れなかった俺のせいだ」


 ギュッと。

 俺の手を握る琴葉の力が少し強まった。

 その真意は、分からない。

 彼女が何を言いたかったのか、何を心の内に秘めているのか。

 繋がれた腕越しには、何も伝わらない。

 伝えるために必要な言葉も、彼女の口からは出ることもない。


 結局何も伝えることも伝わることもなく。

 個室に戻っても、琴葉は元気を取り戻すことはなかった。

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