第14話 輪
「納得がいきません」
賀平はそっぽを向いたまま、俺の先を早足で進んでいく。
「……賀平ちゃんは、どうして怒ってるの?」
「さあ。でも女の子の機嫌取りは男の義務でしょ?」
「義務なのか?」
「わ、私に聞かないでよ!」
「とにかく、賀平さんの機嫌が損ねたままじゃ、私達も居心地が悪い」
「はいはい」
というわけで、賀平のご機嫌取りスタートである。
「あー、ジュースいるか?」
「いらないです」
「あ、はい」
玉砕。
「ダメじゃない」
「じゃあ、先輩は答え知ってるんですか?」
「私、女の子なんだけど」
「逃げないでください」
「七転八倒。頑張ってね」
「ななころびやおきだよ!」
二度目。
「きょ、今日のバイトはどうだった?」
「ふん」
「あー」
「先輩って、こういうところ点でダメですよね」
「…………」
達磨でも立ち上がれないこの雰囲気。
「でも、彼女がバイトをしてるだなんて、驚きね」
「バイトってしても良かったんでしたっけ?」
「一応禁止されてるらしいが」
「一応どころか、全面禁止よ」
今日の夜、バイトの迎えが欲しいと早速賀平から要望があった。
ただ、今日の放課後から琴葉の体調も優れず、テスト勉強の件もあり琴葉の面倒を見る必要もあった。どうするべきかと悩んでいた時に、九井先輩から提案があった。
「全員で賀平さんを迎えに行けばいいじゃない」、と。
「いや、俺も疲れていたのか……。賀平のことを考えたら、そんな提案飲むなんてありえないのに」
「色々と立て込んで、決断能力が鈍ってたんじゃない?」
「それもそうだけど、賀平には悪いことにしたなぁ」
「そう思うなら、しっかり誠意を見せればいいと思うわ」
「……先輩の提案が諸悪の根源だと思うんですけど」
「女の子には優しく、よ」
そうやって、先輩からは軽くあしらわれた。
「わ、私の責任?」
「いや、俺の責任だよ。琴葉は何も悪くない」
琴葉を励まし、俺は三度目の正直に向かう。
「え、と……ごめんなさい」
「…………」
「…………」
「あの二人にバレても、きっと黙っててくれると思うので」
「俺からも言っとくよ」
「そういう心配をしている訳じゃないってことです」
「…………」
「迎えに来て欲しかったけどな」
賀平はこっちを向いてくれない。
後ろを振り返っても、琴葉はきょとんとこちらを見てるし、九井先輩は不敵な笑顔を向けてくる。琴葉はともかく、九井先輩はこの状況を楽しんでいるようだった。
「先輩と、二人っきりを期待してました」
「やむを得ない事情が」
「子供じゃないので、先輩のことだし理由があるんだろうとは思いますよ」
「あ、ありがとう……」
「ただ、やっぱ嫌です!!」
「うう……」
賀平は怒っているようで怒っていないようで、よく分からない。
女性経験のない俺にとっては、こういう状況の打破は本当に分からないのだ。
「……0時に、誰にも言わずに、いつも別れる場所まで来てください」
「…………」
「お願いします」
「分かった」
0時過ぎに家に出るのはちょっと気が引けるが、賀平の頼み事だ。
「ありがとうございます」
「うん」
機嫌が治った訳じゃないが、先延ばしにはできたっぽい。
『……色々と、話が聞けるといいですね』
「……ああ」
さくらの言葉に、俺は小さな声で答えた。
「あら? 仲直りしたの?」
「おかげさまで」
「……してないです」
「まあ、私も結構図書室を不正利用するから。賀平さんも気にしないことね」
「ありがとうございます」
「わ、私は応援してるよ!」
「白百合先輩は何を言って……」
「すまん。琴葉は疲れてる」
「そうなんですね」
一応仲直りしたということで、残りの帰宅は四人で話しながら進んでいく。
「バイトって、やっぱり変なお客さんとかいるの?」
「結構いますよ~。いつも笑顔でいくちゃいけないの、たまに辛いですね」
「お客様は神様だもんね」
「神様も結構ひどい性格してるやつもいるわ」
「九井先輩、結構荒いですよね」
なんて、賀平のバイト話に花を咲かせていく。
と、ここで気になることが一つ。
「なんか、三人とも仲良くないか?」
「「「 ………… 」」」
俺の言葉に、三人全員が同時にこっちに振り向いた。
今思うと、彼女達三人は俺と関係はあったが、それぞれの関係はそこまでなかった。九井先輩なんて今学期になって出会った人だ。それも踏まえても、賀平のバイトを秘密にしたり話が盛り上がったり、出会ってまだ短い期間でそこまで仲良くなるのか。
「九井先輩とか特に、コミュニケーション能力高いとは思いませんでした」
「酷い」
「さっきのお返しです」
「結構話す頻度増えたよね」
「そうですね。海人先輩以外と話すことになるなんて、思っていませんでした」
「賀平ちゃんは、距離感近いと思うんだけどな」
「……白百合先輩が、それを言いますか?」
俺が繋げた三人の輪、か。
それも悪くはないのかな、と思う。
どうか、この輪がいつまでも続きますようにと、祈るしかない今の俺が、どうしても不甲斐なかった。
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