第13話 消沈
「中間テストを乗り越えた先に、学園祭という天国が待ってるんだぞ!」
と、先生は声高らかに言った。
実際そうなのだが、学生生活がそんな山あり谷ありなものだから、俺にはあまり響かなかった。純粋な琴葉は、その言葉に感銘を受けて、中間テストにやる気を見せている。言葉巧みな詐欺師に騙されないように、いつかは世の中の厳しさを知らないといけないんだろうなと思う。
そんなこんなで、中間テストまで残り二週間。学園祭も近づいていることもあり、放課後はテスト勉強をしながら学園祭の準備をする二足の草鞋生活のスタートである。
もちろん、琴葉は勉強漬け。
「やだやだやだやだ! 私もみんなと学園祭の準備がしたい!!」
「お前、先生の言葉で中間テストやる気になってたじゃないか」
「やっぱ学園祭の準備の方が楽しいんだもん!」
「夢から覚めるのが早いことで……」
「帰ってからでも遅くないと思うから、学園祭の準備をしようよ!」
「ダメだ。お前はこっちを乗り越えないと、そのまま地獄行きだぞ」
「海人だって、実行委員だから準備にしないといけないんでしょ!」
「申し訳ないが、うちのクラスは優秀なんでな。指示さえあれば、仕上げてくれるんだ。お前とは違ってな!」
「それってどういう意味なの!?」
ギャーギャー口喧嘩をする二人と、苦笑いで見守るクラスメイト。
俺達のクラスの催し『タピオカ屋』。タピオカ自体の準備は注文して運搬するだけなので、放課後は主に教室の飾りつけなどの作成を行う。その辺のセンスを俺は持っていないので、指示さえ出していれば勝手にやってくれる。
そのおかげで琴葉の勉強に集中できると思ったが、琴葉のやる気は思った以上になかったみたいだった。琴葉自身危機感は持っているらしく、落ち着いたら机に向かって勉学に励もうという姿勢は見られる。ただ数分経てば、落ち着きは無くなり、さっきみたいに喚き散らす。さっきからこれらを永遠に繰り返している。
勉強は全く進まない。
「ねえねえ、白百合さん! 勉強は俺が教えてあげようかあ?」
そこそこ男子人気のある琴葉は、こんな感じでナンパまがいなことを受けることもある。
「……別にいいです」
それに対する琴葉の対応は非常に淡白で、そのたびにシュンとして無視するように勉強に集中するのだ。
「ちょっとぐらい話してもいいんだぞ」
「別にいいもん」
学園祭の準備に参加したいが、別にクラスメイトと話したいわけではないらしい。
学園祭の準備期間という特別な空気感を感じていたいのか。今年になってから、妙に学園祭に張り切りを見せていた琴葉だ。それなりに楽しみだったのかもしれない。
三十分ほど様子を見たが、学園祭と中間テストの狭間に揺れる心とクラスメイト、主に男子からのダル絡みに辟易したのか、集中力があまり続かなくなってきた。
「ちょっと移動するか」
「……うん」
学園祭の準備は、それなりに信用できるクラスメイトに預けて、俺と琴葉は教室を後にした。と言っても、行く場所は限られている。この期間のほとんどの教室は学園祭の準備で空いていない。学園祭の準備に使われていない限られた場所を探すことになる。
実行委員特権というか、事前に使用される教室は教えられている。探す手間はなく、真っ直ぐに目的の場所へと向かうことができた。
「……なんだか困っているみたいね」
「察しの通りです」
「私に呼ばれる以外にここに来るのは、大抵何かある時だものね」
「……先輩、怒ってます?」
「別に」
向かった先は、定番の図書室だった。
古い書物が置いてあったりするから、盗難防止も兼ねて学園祭当日は図書室は閉め切ることになっている。学園祭の準備期間とはいえ、ここの図書室はいつもの静けさを保っている。九井先輩だけいるこの風景も、見慣れたものだ。
「あの本を買っても、容易に解決できる問題ではなかったみたいね」
「正しいと思えることは書いてはいたと思うんですけど、俺の努力不足ですかね」
「血液型占いと同じものよ。結局一人一人個性が違うのだから、勉強方法も千差万別に決まってる。それっぽいことを書いて、仰々しい題名を付ければ売れるものよ」
「世の中の厳しさを知らないのは、俺の方だったみたいですね」
「うぅ、ごめんなさい……」
「それにしても、白百合さんってそんなに元気なかったかしら?」
「なんか色々疲れてるっぽいです」
「そうみたいね」
琴葉は疲れているのか、蒼褪めた表情で目線は下を向いている。
さっきまで歩いてきたけど、ここまで一言も言葉を発していない。連日の勉強漬けに疲れているのかもしれない。赤点回避のためとはいえ、琴葉を追い詰めていた。本を読んで俺がやる気をだしても、本人がこれでは意味がない。
「今日は、休憩するか」
「うん」
いつもなら喜びそうなのに。
「俺トイレ行ってくるから、九井先輩と仲良くしてるんだぞ」
「うん」
「ちょっと。なんか含みのある言い方じゃないかしら?」
トイレに行くとはいいつつ、琴葉用の飲み物を買いに自販機に向かった。
『琴葉ちゃんって、可笑しな子だよね』
「……それはどういう意味だ?」
『侮辱的な意味じゃなくて。君も気づいているんじゃない?』
「それはそうだが」
白百合琴葉は、気分の浮き沈みが激しい。
そのせいもあって、たまにクラスで浮いてしまう。普段は明るい琴葉だから、気分が沈んでいる時の琴葉が現れると、クラスが妙な雰囲気になる。
『呪いに関わることかもしれないから、琴葉ちゃんについても詳しく知るべきじゃない? 色々と探ってはいるようだけど、まだ答えは見つけられてないんでしょ?』
「正直焦ってるよ。情報は手に入れても、それを処理できていない。いくら幽霊が目の前に現れたと言っても、呪いとかいう不可思議な現象をまだ信じることができてないのかもな。あいつらが死ぬなんて」
『実際、それを目にしないと信じられないと』
「それじゃ遅いだろ」
『頑張らないと、だね』
「言うだけは簡単なんだよな」
首吊り桜の呪い。
爺ちゃんが当事者だったという事実があっても、死なんて身近なようで遠い感覚なんて高校生が簡単に飲み込まれるはずもない。
今までと変わらない彼女達を毎日見ていて、彼女たちが突然死んでしまうなんて信じられない。また明日も変わらない彼女達を見られるんじゃないかって、心のどこかで思っている。
『ちょっと、残酷な話をしようか』
悩む俺に、さくらはいつもとは違った雰囲気で話を続ける。
『君は、数秒後の自分が死んでしまうと言ったら、信じる?』
「信じないけど」
『根拠は?』
「学校に居て近くに殺人鬼がいるわけでもない。身体も健康そのものだから?」
『でももしかしたら、飛行機がここに墜落してくるかもしれないよ?』
「……確率相当低いんじゃないか?」
『でも、ゼロじゃないでしょ?』
「ほぼゼロだろ?」
『ゼロじゃないなら、私達はいつも死と隣り合わせってことだよ。私が生きた時代じゃ、急に誰かが死ぬなんてよくあったよ。今は昔より平和なのかもしれないけどね。それでも死ぬ可能性がゼロになった訳じゃないの』
「さくらが言うと、説得力が違うな」
『彼女たちがどうやって呪いに自殺を唆されるのか、私にも分からないけど。それでも彼女達はいつか死ぬの。これはもう確定事項なの』
「まあ、流れ的にはそうだろうな」
『今回の呪いが優しい呪いだったなんて、ないよ。それに今回は今までにない、三人に呪いが同時発動してる』
「はぁ……」
現実逃避がしたくなるこの頃である。
『私もそんな呪いを退けるための力があるわけじゃない。今までの呪い経験者としての発言しかできないけど、協力するよ』
「本当になんでそんな協力的なんだよ。当時の記憶も曖昧で、特に役割も与えられてないんだろ?」
『確かに、私には何の役割もないんだよなぁ』
「何も分からないまま進んだら、足元掬われるかもな」
『そうだね』
「土日、呪いについてもう少し調べてみよう」
とにかく、情報が欲しい。
『それで、何を買っていってあげるの?』
「スポーツドリンクだな」
『君って、きっとモテないんだろうね』
幽霊から呆れられるのも、きっと呪いのせいだろうな。
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