第10話 五月、中間テスト
五月に入り、中間テストが全生徒の頭を悩ませる時期に突入した。
それは俺も同じで、最初の中間テストで失敗したら結構引きずるもの。最初躓けば、ドミノ倒しのように、次々と躓いていくものだ。これは聞いた話でもなく、自分の実体験であるから説得力もある。
といったことを、琴葉にしっかりと説明したうえで、放課後の教室で二人テスト勉強へと突入していく。
ちなみに賀平は買い物へ行った。そう言いつつ、多分バイトへ向かったんだと思うが。九井先輩は図書室でいつも通りの先輩をしている。
「どうしよう。このままデートに行っちゃう?」
「バカ言え。去年は全テスト惨敗の惨敗だったんだから、今年こそは挽回するぞ」
「うえええ!! 勉強やだ、やだやだ!」
「椅子をガタガタジタバタすんな!!」
まるでデパートで買って欲しいものを買ってもらえなくて愚図る子供だった。
去年はこんな状況の琴葉を前にして、勉強させる姿勢を貫き通せなかった。今年こそはしっかり貫き通して、琴葉を勉強させてみせる。目の前の子供の頭を教科書で引っぱたいて、無理矢理勉強させる。
「ここの方程式の解き方わかんないよぉ」
「これ連立方程式だろう? 中学の内容だぞ」
「分からないものは分からないもん!」
「それはそうだがな……」
数学の教科書に載っている基本問題をとりあえず解かせていく。
最初の中間テストは基本問題が主に出題される傾向にある、らしい。去年の自分と九井先輩に聞いた上で、そう結論付けた。
琴葉の場合は、赤点を取らないようにするにはどうしたらよいのか、が問題である。だから出題数が多い基本問題の中でも、特に出やすい部分を重点的にやらせていく。
数学はその中でも特に計算問題が主になってくる。まずは数学から慣らしていくのが良いという考えだったのだが。
「に、二次方程式ってなに? 四次元ポケットとかと関係あったりするのかな?」
「関係あるけど、高校では全くの無関係だ」
「でも関係あるんでしょ?」
「専門家になるんだったら、いずれ習うんじゃないのか」
知らんけど。
「教えてくれるって約束なのに、その答えはないんじゃないのかな!」
「教えてあげているのに、その態度もどうかと思うがな」
「やりたくないもん!」
「むう……」
どうしたものかと頭を抱えるしかなかった。
中学校で習うはずの基本的な問題が解けないと、やはりやり方を教えたところで解答することはできないのだ。
二年生になってからもそのことを頭に入れて教えてきたが、まるでスポンジのように吸収しては外に溢れ落ちていく。今日教えたことも、三日後ぐらいには忘れていることだろう。高校の内容を覚えている辺りは、記憶力がまるでないというわけではないのだろうが。
「中間テストは諦めて、長期的な目線で考えた方がいいのかな……」
「え? やだよ、赤点。補習はもう嫌だよ」
「じゃあ、カンニング?」
「不正はダメだよ!!」
「真面目だよな」
ペンを指でコロコロ回しながら、これから先の琴葉勉強計画を練る。もちろんその間琴葉は問題集を解いてもらう。中学生の。
今までの目標は「赤点を無くすこと」だった。
ただ残り日数と現状を考えると、この目標を達成するのは難しいだろうと思う。
だからと言って諦めるわけでもなく、琴葉がこれから赤点を取らないように、しっかり勉強できるようにするのを最終目標とする。
今回の中間テストの赤点科目をできるだけ減らしたうえで、次からのテストでしっかり勉強していける頭を作っていく。これが正解な気がする。ならその正解に辿り着くためにどうしていけばいいのか、細かいところまで計画を練っていく。
「私って、やっぱダメなのかな?」
と、急に琴葉には珍しい弱音が聞こえてきた。
「別にダメじゃないよ」
「でも中学校の問題も解けない高校生って、やっぱ変じゃない?」
「変という表現が正しいとは思わないけどな」
「迷惑?」
「……迷惑って言ったら?」
「やっぱ迷惑なんだァああああ!!」
「椅子ガタガタすんのやめろ!」
椅子を揺らす子供モードの琴葉を止めて、一旦落ち着かせた。
「迷惑じゃないよ。教えることも勉強になるし」
「なんでこんな解けないんだろ……」
「さあな。何かしら理由はあるとは思うけど、もしかしたら理由なくこうなのかもしれないな」
「色んな人に迷惑かけちゃうのは、申し訳ないよ……」
「案外悩んでるんだな?」
「案外って……」
琴葉は頬を膨らませて、ジッとこっちを睨んでくる。
「私だって悩むし、立ち止まっちゃうこともあるんだよ」
「悩みがない人間なんてそうそういるもんじゃないからな」
「そういう海人は悩みとかなさそうだけどなぁ」
「そんなお気楽そうに見えるかな」
「悩みをさっさと解決してそう」
「簡単に解決できる悩みだったら、まあそうするけどな」
首吊り桜の呪い。
淡々と毎日が過ぎていくから、少し忘れていた。
普通に生きていたら、絶対に遭遇しない悩みだ。この悩みが解決する日が来るのだろうか。
「ねえ、なにぼーっとしてるの?」
「考え事」
「悩み?」
「そんなとこかな」
「私と海人の仲なんだし、悩みがあるなら相談してほしいかも」
「危なくなったら、相談するかもな」
絶対しない。
「それは、ちょっと嬉しいかも」
嬉しそうに笑う、琴葉。
そんな彼女も、心のどこかに何かを隠しているのだろうか。
知り合ってから長い月日が経っているわけではない。それなのに、ここまで仲が良いのは異常なのか。目の前にいる琴葉は、果たして本当の琴葉なのか。
首吊り桜の呪いが、琴葉に関係しているかの確証はない。
だが、
「琴葉も、何かあるなら、俺に相談してくれ」
「もちろんだよ!」
琴葉の笑顔が眩しくて、俺は琴葉と目を合わせられなかった。
彼女のノートは、依然白紙のままだ。
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