第9話 騒がしい朝

 いつも鳴っているはずのケータイのアラームが鳴らなかった。不思議に思った母親から起こされて、無事遅刻せず済んだ。

 ケータイを見ると、充電が無くなっていた。昨日の夜、寝る直前の記憶がない。疲れて寝てしまったのだろう。寝落ちして、ケータイを開いたままで充電が無くなっていた、と。起きてすぐ充電を開始すれば、ある程度は充電が溜まるとは思っているが、それでも学校で使うことはほとんど許されないだろう。

 充電できていなかったことは残念だが、それはそれでしょうがない。

 充電できていなかった以上の問題が、ケータイのブラック画面の奥に潜んでいた。


【それでは、明日柊木君の家に行きますね】


 画面に出てきたのは、九井先輩とのメールのやり取りだった。

 昨日は遠い道を重い荷物を持って帰ってきて、そのあと台所の整理をして滅茶苦茶疲れて、寝ようとしていた時に九井先輩からメールが来て、眠くて回らない頭を振り絞ってそのメールに返信をして、何回かやり取りをした後に限界を迎えて寝てしまった。九井先輩のメールを見て、一気に昨日の夜の記憶が蘇った。

 昨日の夜は頭が弱まっていたので何とも思っていなかったのであろうが、今冷静に考えると連絡先交換した次の日に一緒に登校する約束するとか凄いことをしている。それと、今日は厄日なのではないかと思い始めた。


「あ、海人おはよ~う」


 いつも通り、朝から道場通いの琴葉を見た。

 いつも通り、琴葉は一緒に学校へ登校することになる。


「海人先輩! おはようございます。今日も白百合先輩も一緒なんですねぇ」


 最近よく来る賀平も俺の家の前で待機していた。

 これで、前みたいに騒がしい朝になるのが確定した。


「……朝から不潔だね」


 そしてメールの予告通り、九井先輩の登場である。

 波乱。今日の朝は嵐が吹き荒れるぞ。


「なんか最近こういうのが続くなぁ」

「まさか、柊木君がここまで女の子と関わりがあったなんて。それに、朝から一緒に登校? まさかとは思っていたけど、まさかここまでとは思わなかったよ。私のことを気にかけてくれていたなら、できるだけ二人だけの方が嬉しかったんだけど」

「先輩、怒ってます?」

「それはもう」


 だそうだ。


「あれ? 九井先輩じゃないですか。どうして、海人先輩の家にいるんです?」

「昨日約束したのよ」

「海人先輩~、私とそんなことしたことないじゃないですかぁ」

「はぁ……」

「海人! 私が見たことない人と付き合ってるの!?」

「大変ね、あなたも」

「先輩、私とも連絡先交換しましょ!」


 朝から会話が大渋滞している。とりあえず、一人ずつ話すことを心掛けていってほしい。遅刻しないように話を一旦まとめて、四人で登校することになった。


「で、この二人の紹介をしてほしいのだけど」

「このうるさいのが同じクラスの白百合琴葉で、このぶりっ子が後輩の賀平結愛です。以後お見知りおきを」

「その紹介は悪意ありますよ」

「う、うるさいの一言で片つけられたのはショックなんだよ……」

「不服そうな顔が二つ視界に入っているのはきのせい?」

「今後付き合っていけば、二人がどういう奴かは分かっていくんで」

「二人とは何度か会ってはいると思うけど、九井紬と言います。よろしくお願いします」

「や、大和撫子……」

「こ、これは私とは別ベクトルで素晴らしい……学ぶべきところは沢山あります」


 二人して、九井先輩の立ち振る舞いに感動していた。


「いつも二人と投稿されているんですか?」

「まあ、時々な。琴葉がうちの道場に毎朝通うから、琴葉とは何かない限りは一緒に登校してるな。賀平は……最近付きまとうようになった」

「ストーカー?」

「ちーがーいーまーす! 先輩の愛人ですよぉ」

「不潔ですね」

「これ以上混乱を招くことをしないでくれ」

「わ、私も海人の愛人なんだよ」

「混乱が混乱を生む……」

「中々にカオスな人達ね。柊木君の人柄からは想像もできない環境だわ」

「朝から頭痛が酷いです」

「可哀そう。今日は保健室でゆっくりした方がいいよ。私が連れて行こうか?」

「先輩は優しいですね」

「全然よ。ふふ」

「ちょっと白百合先輩。とんでもない女狐でしたよ。あのまま先輩をどっかに連れ込もうとしています」

「わ、私の海人に変なことしないでくださいよ!」

「白百合先輩は天然女狐ですか」


 白百合先輩と一緒にここから離れようと試みたが、琴葉と賀平はそれを許してくれなかった。賀平一人でも不穏なことがあれば、学校中の男からそうバッシング受けて大変だというのに。九井先輩たった一人加わっただけで、相乗効果でよりカオスだ。

 これからの行動、さらにしっかりしないと、今まで以上に酷い目を見る。


「悩みが増えるのも、幸せの証なんですかね」

「私はそう思わないけど、何か悩みでもあるの?」

「先輩にはできない相談ですかね」

「……? 私ってそんなに頼りない?」

「そういう訳では……」

「……人には言えない悩みって、誰にだってあるよね」

「そうですね」

「先輩先輩! 結愛のフォロワーがまた増えてて! やっぱりフォロワー増えれば増えるほど、拡散力が上がるんですよ! 毎日増えていくのは、見ててとても気持ちいいです!」

「賀平は頑張ってるなぁ……」

「……なんでそんな上の空なんですか」

「わ、私も今日師匠に褒められたんだよ!」

「なにを二人は張り合ってるんだ?」

「張り合ってくるのは、白百合先輩じゃないですか」

「私だって海人に褒められたいもん!」

「あ~、偉い偉い」

「そういうことじゃなくてぇ~」


 なんだかんだ騒ぎながら、登校する四人。

 傍から見れば、馬鹿みたいに仲の良いグループに見られているんだろうな。それと男目線から見たら、かなり羨ましい状況なのだろう。


「二人でゆっくりお話しできると思ったのに、まさかこんなことになるなんて昨日のメールした時には思わなかった」

「昨日の夜疲れてて頭が回らなくて、事前に伝えればよかったですかね」

「そもそも誘ったのは私だから、文句はないよ」

「ああ、そうなんですね」

「昨日の夜の記憶はないの?」

「詳しいところまでは覚えてなくて」

「そう。じゃあ、少なめのメールで良かったわ」

「なぜですか?」

「疲れてた君とあのままメール続けるのも、面白くないから」

「それは申し訳ない……」

「また別の機会にやりましょう」


 今度疲れている時は、ちゃんと伝えた方がいいのかもしれないな。


「だから先輩! 結愛に連絡先を教えてくださいよ!」

「わ、私も!!」

「分かったから! 分かったから!!」


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