第8話 夜道、笑う

「醤油切らしてたの忘れて買い物済ませちゃったの! 海人、買ってきて。今ここのポイントカード貯めてるから、ちょっと遠いけどここまで行ってね。自転車使っていいし、お菓子買ってもいいよ。それと買い足して欲しいものメモしておくから、ちょうどいいしこれも買ってきておいて。お願いね」


 というわけで、母親の頼みでスーパーに遠出している。

 ちょうど町の外れで、お客さんも少ない。閉店一時間前ということもあるだろうが、それにしてもお客さんもご高齢の方々が多い。町の中央には有名なスーパーがあるから、ほとんどのお客さんはこっちに流れる。

 母親はここのポイントを集めたら貰えるお皿セットが欲しいみたいで、先月ぐらいから自転車で通い続けている。執念が凄い。


「メモに書かれてるのも重たいものばっかりだし……本当は忘れた訳じゃなくて、めんどくさくて」


 いや、そう考えるのはよそう。


「お菓子買って帰る余裕なさそうだなぁ」


 カゴの中にパンパンに詰め込まれている食材や調味料たちを見て、俺はため息を吐いた。自転車で来たとはいえ、この重さは気をつけないと自転車が倒れてしまうほど。唯一免許車持ちの父親は出張中で、頼れる男手は俺しかいない。頑張って帰るしかないのだ。


「どっこらせ」


 メモに書かれたもの全て集め終わって、若者が言いそうにない掛け声で重すぎるカゴをレジの場所へ移した。


「いらっしゃいませ。袋はおもち…で、すか?」

「ああ、袋は持ってるんでいりません……うん?」

「せ、セせせ先輩!?」

「賀平、なんでレジなんかしてるんだ? いいね稼ぎ?」

「ゆ、結愛が何でもいいね稼ぎでやるって思ってませんか?」


 マスクと眼鏡のせいですぐには判別できなかったが、聞きなれた声が耳に入ってようやく気付くことができた。有名インフルエンサー賀平結愛は、町の外れのスーパーで地味な見た目でレジ打ちをしている。


「賀平って、視力悪かったっけ?」

「伊達メガネですよ。マスクと眼鏡だけで、案外身バレ防止になるんですよ?」

「まあ、ちょっとした有名人だもんな」

「高校バイト禁止なんで、バレるわけにもいかないんです」

「あれ、そうなの?」

「そうですよ」


 賀平は淡々と商品をレジに通していく。手際は非常によく、流れるように商品がスキャンされ、別のカゴの中に綺麗に積みあがっていく。色々な店員を見てきたが、その中でもダントツにレジの作業が上手い。結構長くこのスーパーでレジをやっているのだろうか?


「ここ、おばあちゃんぐらいしかやってこないのに、先輩はどうしてここにきてるんですか?」

「母親がここのポイントを貯めようとしててな。今回はお使い頼まれて」

「あ、3245円になります」

「4000円からで」

「ありがとうございます。お釣りは……」


 お釣りを受け取ると、賀平はお客さんが少ないからとバックの中に商品を詰め込んでくれた。自分がやるよりも綺麗にいれてくれて、俺はちょっと感動した。


「ありがとう」

「いえ、どういたしましてです。先輩」

「じゃあ、あと少し頑張って」

「あ、あの先輩」

「ん?」

「あともうちょっとでシフトも終わるので、い、一緒に帰りませんか?」



 *****



 二十分経った頃、スーパーの裏手から走ってくる賀平の姿が見えた。

 派手過ぎず、だが可愛らしい私服のチョイスは流石と言うべきか。眼鏡とマスクで隠してはいるものの、そのオーラは隠しきれていない。

 初めて見る私服に目を奪われてしまった。


「そういえば、先輩に私服見せるの初めてですね。感想、ど~ぞ」

「まあ、いいんじゃない」

「きゃあ! 先輩、照れてる。か~わい~」

「…………」


 黙って帰ってしまえば良かっただろうか。


「そんなしかめっ面しないでくださいよぉ」

「母さんに早く帰って来いと念押しされたからな。ささっと帰るぞ」

「もう! 今この時間を大切にしましょうよぉ」

「ほら、飲み物買っておいたぞ」

「わあ、ありがとうございます!」


 待っている間に、賀平のために飲み物を買っておいた。

 色々と気にかけてそうなので、甘いやつよりも健康に良さそうな方がいいと思い、スポーツドリンクを買った。もし別のが欲しいというなら、全然別の物を買ってくるのだが。


「ぷはぁ~、喉が潤いますぅ~」


 満面の笑みでそう言ってくれているので、問題はなさそうだ。

 立っているだけでも結構疲れるものだし、人と関わる仕事である以上はメンタルの疲れもあるだろうし。チョコとかでも買っておけばよかった。


「右手に持ってる大きな袋はなんだ?」

「売れ残ったお惣菜とか、店長に許可貰っているものはできるだけ持って帰るようにしてるんです」

「賞味期限とか大丈夫なのか……?」

「冷凍とか保存方法しっかりすれば案外美味しさ保たれるんです」

「ああ、そう……」


 なんだろう。言っちゃ悪いことかもしれないが、ちょっと貧乏くさい。

 もうちょっと優雅な生活というか、一般人から羨ましがられる生活を送っているとばかり思っていた。SNSのアカウントでも高そうな化粧品や食べ物を挙げていたし。


「なんか驚いた表情してますね」

「いや、意外だなと」

「ずっと隠してましたからね」


 となると、言いたくない理由でもあるのだろう。

 賀平から話さない限りは、深く詮索しない方が良さそうだ。

 本当は色々と賀平のことを知りたいのだが、知りすぎて彼女の触れてはいけないところに触れる方がダメだ。


「大変なんだな」

「SNSのフォロワー増やすためには、沢山の我慢が必要なんです。必要我慢というやつですね」

「それでも体調崩したりしないんだな」

「そうですね。不健康極めると、それだけ可愛いから離れていきますから。それに休んだら、先輩と会えなくなるでしょ?」

「まあ、そうだな」

「もう。なんで急に淡白になるんですかぁ」

「家まで送っていくから、案内頼むぞ」

「話題逸らさないでくださいよ~」


 暗い夜道を二人っきりで歩いていく。

 本来は誰もが羨む光景なのだろうが、首吊り桜の呪いの一件のせいで俺はそれどころではないのだ。賀平には申し訳ないが、家まで送り届ける理由にその一件が少しだけ絡んではいる。純粋に家まで送り届けてあげたいという気持ちももちろんあるわけだが。


「でも、私の家までバレるとちょっと怖いんで、途中まででいいですよぉ」

「バレたら、マズいのか?」

「秘密があった方が、女の子は魅力的に映るんですよ」

「そんなもんですかね」

「女の子慣れしていない先輩には分からないんじゃないですか?」


 後輩に煽られる先輩で、全く威厳がない俺。


「女の子慣れしていないとか、なんでお前が分かるんだ?」

「二人っきりで話してるのに、全然こっちに目を向けてくれないからですよ」

『自分よりも小さな年の女の子にここまで言われるとは』

「うるさいなぁ」


 さっきまで静かにしていたさくらまで、俺にちょっかいをかけてくる始末。


「結愛が、先輩の女の子慣れのお手伝いしてあげましょうか?」

「具体的には何をするんだ?」

「手始めに、キスでもします?」

「えぇ……」

「女の子の身体に触れることが、最短で効率の良い方法ですよ。それに」

「ん?」

「先輩となら、結愛の身体全部上げてもいいですよ?」


 沈黙。言葉が出ない。


「反応は無しですか?」

「いや、まだそういうのは、は、早いと思うぞ」

「暗くても、先輩の顔が赤いのは分かりますよ?」

「それに、そんな……」

「はい?」

「自分を、そんな安く売っちゃダメだぞ」

「…………」


 SNSで自分のことをアピールしたり、こうやって俺に身体を差し出そうとしたり、賀平が頑張っていることは知っている。ただ、賀平も女の子だ。そうやって冗談のつもりでも、自分の身体を差し出すような真似は絶対だめだ。

 俺と賀平は幼馴染という関係でもない。ただの先輩と後輩だ。知り合って三年程度しか経っていない間柄で、その冗談は通じないと思う。

 何より、このまま流れてしまったら、俺が何するかわかったことではない。一応、経験したことはないので。


「先輩、本気で言ってます?」

「まあ、割と」

「そうですか……」


 途端に口数が少なくなる賀平。

 横目で賀平の姿を見ると、考え込むように俯いて表情が読めない。もしかして、触れてはいけないところに触れてしまったのか?


「ぷぷ」

「え」

「ぷふっ、あははははは」

「俺今笑われてる?」

「いやぁ、先輩経験ないのになんでそんなしっかりしてるんだろうって。色々考えてたら、なんだか笑っちゃいました」

「別にそこまで声に出して笑わなくても」

「ふふ……先輩って、やっぱおかしいですよねぇ」

「もういいや。思う存分笑ってください……」


 なぜか賀平に笑われてしまった。

 理由も何も分からないが、とりあえず悩んでいたのかと思っていたので、笑ってくれただけ安心した。まあ、ここまで笑われると、逆に心配というか。むしろ賀平の中の俺への評価が気になるところではあるが。


「そろそろ家に近くなってきたんで、もう送ってくれなくても大丈夫ですよ」

「ああ、はい。んじゃ、また明日な」

「そうですね。また一緒に登校しましょう」

「まあ、うん。分かった」


 また、というか、大体毎日いるからもうなんとも思わなかった。


「え、と。それじゃ、先輩」

「おう、また」

「はい!」


 お互いの姿が見えなくなるまで、賀平はずっとこっちを向いて手を振ってきてくれていた。


『良い子じゃないですか』

「ううん。今のところ、おかしいところはないとは思うんだけどな」

『でも微かに呪いの匂いはしたんですけどね』

「呪いって匂うの?」

『これに関しては、経験と感覚の話なんですけど。彼女だけ、周りの人達とちょっと違うというか』

「有名人だし、そういうところでの違いが出たんじゃないのか?」

『完全に把握しているわけではないので、私の嗅覚はそこまで信用はないんですけど。むうう』

「ついさっき話した感じ、すぐに何かが起こるような感じじゃなかったから、心配はないとは思うけど。明日会えなかったら、またそこで考えればいいと思う」

『それで良いというなら、まあ……』

「さくらが、そこまで心配してくれるのはなんだか嬉しいよ」


 自転車を押しながら、俺は家に帰るために元来た道を引き返す。

 どうか明日も会えますようにと、柄でもなく、神様にでも祈っておこう。

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