ガーベラの章
第7話 放課後一幕
五月に入って、文化祭の準備が本格化してきた。
六月末の最終土日に文化祭は開催される。ちょうど中間テストの一週間後だ。中間テストで忙しくなるので、五月に入ったら色んなクラスが文化祭の準備を始めていく。俺のクラスもその例に漏れず、放課後になったら皆が文化祭の話で一杯になる。
「私達のクラスは、何をするの?」
「タピオカだ」
「それちょっと古くないですかぁ?」
「安くて簡単だからな。あと工夫するべきは売り方だ」
「すご~い。賢そうな感じだよ!」
「もしかして売り上げとか気にしちゃうタイプですか?」
「小遣い欲しいもんな」
「それって大丈夫なの?」
放課後、文化祭の話し合いを少し行った後、教室に残って作業を進めていく。勉強を教える必要のある琴葉に多少の手伝いを頼み、なぜか一学年下の賀平も俺のことを手伝ってくれている。
「売るものとか売り方とか、結構細かいところを書類に書かないといけないんですね。結愛、知りませんでした」
「保健所とかからの衛生管理に対するアレコレが結構うるさいらしい。今どきの文化祭は、鉄板で焼きそば作ったりするのグレーとか言ってた」
「それって文化祭の醍醐味失われてません?」
「タピオカって美味しいのかなぁ?」
「美味しいのはジュースですよ。触感は好きですけど」
「調べてみたら結構安く取り寄せたりできる」
「ブランドみたいなものですからね。私も買うのちょっと躊躇します」
「タピオカジュースの写真、あげてたろ」
「あぁ!! 先輩、しっかり見てくれたんですね!」
「琴葉、この紙に全部合計した値を書いといて」
「計算できない……」
「電卓使いな」
「わーい! ありがと」
「もう! 先輩ったらぁ」
賀平には勝手に言わせとこう。
今週にはこれらの資料を完成させて提出しないといけない。審査に通らないなんてことはないと思うが、もしもの場合は面倒なのでしっかり資料を完成させていく。
「先輩って、意外とマジメですよね」
「やるなら本気だ」
「ひゅ~」
「海人ぉ~、電卓の使い方が分からないよ~」
「電卓使うのに頭は使わないんだけどな」
「じゃあ、結愛が手伝いますよ!」
「賀平は自分のクラス手伝った方がいいんじゃないか?」
「実行委員じゃないですし」
「賀平がいいというなら、いいけど」
「先輩のためになるほうが、きっとクラスのためなんです」
「…………?」
賀平のコメントを理解するまでに、賀平は琴葉と隣の机に移動してさっきの資料を作りに行った。
「やれやれ……」
そんな二人に任せて、俺は販売方法の資料を作りにかかる。
大体十五分程度経って、販売方法の資料を作り終えた。後はこれを職員室に持って行って、審査待ちだ。
「計算終わったか?」
あと必要なのは、琴葉と賀平に任せたやつだけだ。
「白百合先輩も、もっと可愛いメイクとか気にした方がいいですよ」
「ううん、そういうのちんぷんかんぷんでぇ」
「素材は学校の中でもピカイチなんですから、もっと自信持ちましょうよ」
「なんか滅茶苦茶褒めてくるじゃ~ん」
「結愛が愛用しているコスメ貸してあげますよぉ」
「なんか怪しいぞ~」
「そんな! 白百合先輩を出しに海人先輩に近づこうなんて思ってませんよぉ」
「完全に下心じゃん!」
「お前ら……」
予算の資料そっちのけで、スマホで賀平のSNSアカウントを開いたまま雑談をやっていたのであった。
*****
「あとは審査待ち?」
「おかげさまでな」
「ご褒美は先輩の優しいほ・う・よ・う」
「だってさ、琴葉」
「海人だけにしかしてあげないも~ん」
「結局手伝ってくれなかったのに、なんでそんな顔をしてられるんだ?」
「結愛がいるだけで、どんな空間でもお花畑になるんですよぉ?」
「わ、私は雰囲気担当だから!」
「あぁ……ありがとうありがとう」
「きゃあ! 先輩の太々しい感謝のお言葉、結愛の心にズキュンときちゃいました」
「海人! 感謝の言葉はちゃんと伝えないとなんだよ!」
「…………」
職員室で資料を担任の先生に渡し、無事受理された。しかも絶対審査は通るだろうと先生のお墨付きだ。頑張って資料を作った甲斐がある。
やるべき実行委員の仕事は終わったので、帰宅のために鞄の置いてある教室へ一時的に戻ることにする。後ろの方で騒がしくしている女性二人はこのまま置いていくことにする。
「ちょっと時間余ったから、琴葉の勉強でも見てやるか」
「ちゃんと宿題はしてきたよ! 褒めて!!」
「それを一般生徒は当たり前のこととして捉えてるんだがな」
「運動神経抜群だから、勉強もそこそこできると思ってました」
「まあよくあるやつだよ。極端なんだよな」
「あはは~」
「でもそういう方がキャラもあって、魅力的だと結愛は思いますよ」
「結愛ちゃんは本当に良くできた後輩だよ!!」
「完璧な方がより魅力的ですけどね、結愛みたいに」
「私を踏み台にしないでよ!」
「賀平は勉強できるのか?」
「これでも成績はトップクラスなんですよ!」
「抜け目ないな」
「どんなことにも秀でていないと、可愛くありませんからね」
賀平の思う”可愛さ”には、彼女なりのちょっとした拘りがあるらしい。
「とりあえず教室で一時間ぐらい勉強して帰ろう」
「お、お手柔らかに頼みますぅ」
「あ、先輩。結愛用事があるんで、ここで失礼しますね」
「む、そうか。それは残念だ」
「寂しいですか?」
「あー、まー、うん。そうだな」
「なんか気の抜けた返しですけど。でも少しでもそう思ってくれていると、結愛嬉しいです」
「照れるわ」
「いやん! 先輩ったらぁ」
というわけで、賀平は用事のために帰宅していった。
呪いの件もあるので、一人にさせるのはちょっと怖いが。今のところ変な兆候があるわけでもないし、明日も元気な姿を見れるだろう。きっと、そう願っておく。
「わ、私も大好きなドラマの最終回を見るという大事な用事が」
「今日のテレビに最終回を飾るドラマはねえよ。それ何度目の言い訳だよ」
「いいいやあああだあああ!! 私も帰りたいぃ!」
「強情な、三歳児か」
「もおおおお!!!」
多分このまま監視を続けないと、隙をついて逃げだすだろうな。
過去勉強会から脱走したことが数回あるが、琴葉の運動神経が良すぎて全く捕まらない。それに隠れるのが上手くて、脱走後捕まえたことが一度もない。琴葉攻略のためには、そもそも脱走させてはいけないのである。
とりあえず俺の教室に行って、机二つをくっつけて勉強会の開始である。
「宿題やってないじゃないか!!」
「だ、だって~」
「せめて手を付けてくれよ、痕跡が全くないぞ」
「ずっとファイルの中に隠れてて見つけられなかったから……」
「見苦しい言い訳だぞ」
見事に何もやってきてなかった琴葉。
俺が琴葉のために作った宿題プリントは、俺が渡した時と同じまま自分のところへ戻ってきた。悲しいが、予想はしていたのでダメージは最小限である。
これでやろうとしていたことができなくなってしまったので、仕方なく琴葉の現状を確認するべく、一問一答形式で琴葉の頭の中を探っていく。
スマホで中学最初の勉強を調べて、重要な単語などを質問して琴葉に答えてもらう。これで琴葉の頭脳が一体どこで止まっていて、どこから勉強すればいいのかが丸裸になるというわけだ。
「んんんん……」
「どうだった?」
「知識としてはあるけど、上手く活用できてないだけなのかな?」
「どーゆーこと?」
琴葉は、間違えは多かったが、知識がないわけではない。記憶力が極端に悪くて、聞くこと全て忘れるというわけではなく、所々覚えているところはある。
琴葉の問題がどこにあるのか。
それは恐らく基本中の基本。
「中学校三年以前のところは本当にダメダメだな」
「うぅん……覚えているはずなんだけどな」
数学など特に、一度躓いて放っておくとそのあとの勉強が一気に難しくなる。学年を追うごとに、一歩ずつステップアップしていく教科などは基本が最初に習うものほど大切にしていかなければならない。
その基本の部分が、まるっきり琴葉の中から抜けているイメージ。
「ちょうど海人と初めて会った時かな?」
「確かに、そうだな」
俺と琴葉が出会ったのは、中学校三年になった頃だ。
俺の母親と琴葉の母親は近くに住んでいるからか、非常に仲が良い。その母親繋がりで、琴葉に祖父が武術を教えることになった。理由は知らされていないが、当時の琴葉は少々身体が弱かったらしいことは聞いていた。
祖父の道場通いをキッカケに、今の俺と琴葉の関係が生まれた。
琴葉はかなり祖父の教えを気に入ったらしく、暇があれば道場に通うようになる。自然と俺との時間も増えていった。
「俺と出会う前の琴葉、俺知らないや」
「まあ、あんま私話さないからね」
「いや、お前が俺を振り回すから、話す時間がなかっただけだと思うんだが」
「そ、そうだっけ?」
出会って三年目。にしては、周りと比べても仲が非常に良い。もはや親友の関係性だ。それでも、俺は琴葉のこと全てを知っているわけではなかった。
「あ、白百合さんここにいたの?」
すると、教室の扉が開いて、見知らぬ先生がやってきた。
「白百合さん、今日の数学のプリント放課後貰いに来てって言ったんだけど」
「あ! 忘れてた、やばいやばい!」
どうやら先生との約束を忘れていたらしい。
「ごめんね、海人。先に帰ってていいから!」
「あ、ちょ」
琴葉はそういって、鞄に荷物を無理矢理入れ込んでそのまま教室を出て行ってしまった。ポツンと教室に取り残された俺。
「……逃げられた」
俺は琴葉の逃走を許してしまったのだった。
*****
ちなみに、さくらは学校にいる間もずっと俺の近くにいた。
とはいえ、暇になったら、俺から離れて学校をウロウロしていたりしている。ある程度離れなければ大丈夫らしく、俺が授業に勤しんでいる間も興味があるところへフラフラと飛んでいって遊んでいた。
『目覚めてだいぶ経っているんだね。私の知ってる学校じゃなかったよ』
「俺の爺ちゃんの頃、学校なんてあったのかな」
『あったような気がする~』
といった具合に、誰もいない廊下で独り言をするようにさくらと会話をしていた。さくら曰く、やはり第三者視点では独り言をしているように見えるらしい。
『勉強も終わったのに、帰らないの?』
「あと一つ確認していないことがあってな」
『ん?』
俺が向かう先は、学校の図書室。
時刻は六時をすでに回っている。ほとんどの生徒は帰宅して、学校の中もかなり静かだ。そんな環境に、あの人がいないなんてことはないだろうと。
「放課後に会うのは、珍しいかな」
図書室の中にいるのは、九井先輩だった。
やはり、いた。最早図書室の幽霊とか囁かれても文句が言えないぐらい図書室にいる。
「どうかしたの? 帰らないといけない時間なのに」
「それは先輩も同じでしょう」
「放課後のこの時間は、静かで好きなの」
「先輩なら、そういうと思いました」
「……それで、どうしてきたの?」
「先輩がいるかもって」
「私は今告白されているの?」
「そういう訳では……」
言い方が少し変だったか。ちょっと恥ずかしい。
九井先輩は表情が何も変わっていない。それに何か睨まれている気もする。先輩から目線を外して、俺は会話を続ける。
「もしよければ、一緒に帰りませんか……なんて」
「いえ、結構よ。私はまだここにいるつもりだし」
「あ、そうですか」
ということで、今回の目論見は失敗した。
九井先輩と出会って、まだ全然日が浅い。もう少し先輩の情報を集めたかったという魂胆である。九井先輩、他の二人よりもガードが固いので失敗の可能性は高いとみていたが。
「でも」
「はい?」
「今度は事前に言ってくれたら、考えてあげても、いい」
「事前にとは言っても、昼休みとかに連絡する形でいいですか」
「前日までには。じゃないと、予定埋められないの」
「ああ……連絡先交換しましょうか」
「その方が効率的だと思う……」
というわけで、先輩と連絡先を交換することになった。
今回の誘いは失敗したが、思わぬ収穫だった。
『これって、今風に言う女たらしというやつでは?』
さくらの言葉のチョイスはどこから生まれてくるのか。帰り道、さくらに滅茶苦茶揶揄われた。こいつ、本当に数百年前を生きた、幽霊なのか?
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