#37 描いて描いて、ひたすら描く



誰にも言わずに絵を描く練習を始めた。


玲にも母上にも教えず。




連日夜中になると、こそこそと自室でスケッチブックにデッサンを描いている。


秘密にしているというよりも、人に見せられるような物が描けると思えなかったし、知られなければ飽きて止めるのも自由だ。


ところが、案外自分に合っていた様で、デッサンに取り組んでいるときは作業に集中出来たし、描き終えた時の達成感から、また描きたいと思えた。


自室にある物を題材に様々な物を描いた。

ランドセル、麦わら帽子、麦茶の入ったコップ、教科書やノート、文房具、等々手あたり次第に。


描くネタが無くなってくると、今度は人物を描きたくなり、写真を見ながら描いた。


玲、母上、花さん、渚先生とミサキちゃん。

玲に関しては、何枚も描いた。


不思議なことに、玲の顔を描いているのに玲のことは考えていなかったと思う。

あくまで作業として描いていた?と思うことにした。


スケッチブックをあっという間に使い切ってしまい、8月の間だけでも5冊購入するハメになった。


写真を見ての人物画に飽きてくると、今度は生の人物をモデルに描きたくなったが、周りの人にはまだ絵描きの趣味を話せる気にはならなかった。


代わりに少し違うことをしようと思い、日中外での絵描きを始めた。


夏休みの間もいつも一緒にいる玲には、この日は用事があるから留守にするよと断り、朝からスケッチブックとデジタルカメラをもって、神社や河川敷に足を運んで、風景や植物等のスケッチを続けた。

スケッチしたものはデジタルカメラでも写真を撮り、夜中自室で写真を参考に水彩絵の具で塗装した。


こんな日を何日も繰り返す様になったが、玲は僕が居なくてもウチに来て、母上のお手伝いや渚先生への手紙を書いたり、読書に没頭しているようで、今のところは特に詮索されることは無かった。

もしかしたら母上が玲に何か言ってくれたのかもしれない。



絵に没頭している間は、玲が傍に居なくて寂しいとか会いたいとかは考えなかったと思う。

自己嫌悪に陥ることも無かった。


独学で我流なので上手いのか下手なのかは判らなかったが、趣味として自分にはピッタリだと思うようになっていた。






8月が終わる頃にようやく母上に絵描きのことを話した。

これまでに描き上げたスケッチブックを全て母上に見せたが、唖然としていた。

絵に対する評価は無かったが、母上を描いたデッサンは気に入ってくれたようだったので、その場で1枚選んでプレゼントした。



一か月近く絵に没頭してみて感じたことを母上に話した。


「趣味として続けて行きたい」

「だけど、玲にこの趣味を始めたことを伝えるのが少し怖い」

「絵を描いている間は、難しいことを考えなくて済んでいる」


母上からは

「今は無理に話す必要はないだろう」

「でもいつかアナタの描いた玲ちゃんを見せてあげてほしい」

と言われたので、とりあえず玲に対しては現状維持で接することにした。








しかし、母上がデッサンを額縁に入れてリビングに飾った為、翌朝、玲にバレタ。








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