第9話

教室に入ると、既に授業は始まっていた。妙な視線をクラス全体から感じるけど気のせいだろう。


椅子に腰を下ろし、教科書の準備をしながら思い返す。思わぬボッチカミングアウトをしてしまった玲奈は、落ち込むどころかむしろ誇っていた。「凄いでしょ!ここまで嫌われるのは中々ないよ」って。それ、誇ることじゃないからなってツッコミを入れようと思ったけど、今にも泣きそうな笑顔を見せられたらそんなこと言えなかった。


黒板の文字をノートに一語一句そのまま写す。こういう作業は嫌いじゃない。何も考えずに出来る自分的コスパ最強の授業時間の潰し方だ。本来ならば寝るのが最高なのだろうが、俺の場合は寝てしまうと特別入試をクリアして得た特権を手放さなければならない事態になりかねない。この年で路頭に迷うのは流石にマズいからね。


それにしても。玲香はまだ良い方なのだろう。本人は自分の素を出せていないが、好意的に見られている。ただ、玲奈は危機的状況だと思う。本人が思っているような、嫌われている状況ではないにしろ、非好意的な感情を抱いている人が多い。怖い、話しかけにくい、とかがさっきの授業前だけでも聞くことが出来た。


どうしたものだろうか。・・・まぁ、頼まれてもいないのに俺が考えても仕方がない。頑張ってくれ、玲奈。


「次のページの問題、有馬から出席番号順に解説な」


そんな風に関係ないことを考えていたら問題の解説を指名された。俺から順にって俺の準備時間0じゃないですか。しかも今問題解く時間だったのね。椅子から立ち上がり、黒板に向かう間に問題集を凝視して必死に暗算しようとする。あれ?これ、なかなか難しくない?体育の時間にかいた汗とは別種類の汗が出てくるのを感じる。


「傑ぅ~どうしちゃったのぉ~?」


ウザい顔が休憩時間になると机の目の前に飛んでくる。


「今日は雨じゃなくて鰻が降るってレベルで珍しいねぇ~」


「それ珍しいじゃなくてそもそも無いだろ」


どんな例えだよ。おかげさまで鰻が食べたくなってしまったじゃないか。


「いや、空から魚が降るのは珍しいけど実在する現象だからね。鰻が降るのも有り得なくはない」


急に真面目なるの止めてくれ。あと魚が降るってのは本当にあるのか?帰ってから検索してみよう。


「ともかく。何かあったのか?あ、言わずとも分かるぞ。ふ、藤野さん関係だろ?」


その指摘は間違ってはいない。滅多に間違えない、というか当てられて間違えたことがない数学の授業で基本的なミスに気付かずに黒板に答えを書いてしまったのは、玲奈のことを考えていたからだ。・・・ちょっと眠かったってのも実はあるけどね。


「まぁ、そうとも言える」


それを聞くとそっと俺の肩に手を置き、遼が天を見上げる。


「葬式・・・いつになった?」


「生きてきるヤツに言う言葉かそれ」


「大丈夫。俺だけは忘れないからな。4年間は」


「4年間しか覚えてくれないのかよ・・・」


どうやら俺が殺されると思っているらしい。玲奈の印象が怖いから殺人犯にジョブチェンジしている。とても女子高生につく印象じゃないな。


「ちなみに、ふ、藤野さんとは何を話していたんですか?」


急に敬語になるし、藤野と言う前には言葉に詰まっているし。可哀想に。悪の権化のような扱いじゃないか。


「普通に話していただけだよ。特に変わったことはないし」


ちょっと玲奈がどんなヤツか話してみるか。


「ちなみに藤野玲奈は視力が悪いから目を細めていているだけで、中身は滅茶苦茶話をしやすいタイプだぞ」


「そんな訳ないだろ!?視線で飛んでる鳥を落としたとか、先輩を土下座させたとか数々の噂はどういうことだよ!!」


なんだよその噂。前者に至ってはもう神様レベルだろ。


「いやいやマジ。今日も体操してなかったのは運動音痴だけってだからな」


さっそくバラしちゃったけど勘弁しろよ、玲奈。


「脅されてるんだろ!?俺は騙されないからなぁぁぁぁ!!!!」


そう言うと俺の前から走って逃げていった。うん、やっぱり玲奈の扱いが想像の八倍酷いな。


背伸びをして、教室をぐるりと見まわすとサッと感じていた視線が解ける。どうやらクラス全体が遼と思っていることは同じらしい。

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ツンとデレを二等分して生まれてきたはずの双子が噂と違う 冬峰裕喜 @toumine

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