第8話
体操を難なくこなし、整列している生徒の波に戻る。これで体育委員が行う仕事は残りの後片付けだけとなった。ちなみに俺が声を出し、皆の前でしたくもない準備体操を行っている間、玲奈は道具の点検みたいなことをしていた。多分体操をさぼりたかっただけだろう。だって道具の点検は俺と玲奈の2人でさっきやったばかりだし。
夏が気付かないうちにこちらへ足を進めていたらしい。裏の茂みから様々な虫が静寂な体育館へと音を届けている。冷房施設は季節的にまだ動いていないのだろう。体育座りをしている時間に比例して熱気を感じ取るようになる。
体育教師はいつまでたってもやってこない。これも学校あるあるだよな。時間に厳しい先生ほど先生自身の時間にはルーズ。生徒の目から見たら不条理極まりない。今度機会があったら信念とか理念を聞いてみよう。「自分に甘く、他人に厳しく」とかが返ってくるに違いない。ちなみにそんな機会が高校在学中にやってくるとは微塵も考えていません。
「待たせたなぁー」
ようやくズガズガと巨体を揺らして体育教師がやってきた。紛れもなく全生徒は心の中でツッコんでいた。
「「おせぇよ!!!」」
体感は30分だったのだが、チャイムが鳴り響いたので号令を掛ける。ちなみにこれも体育委員のお仕事。あれ?今のところほとんど俺がやってない?どうやら我が家伝統の社畜精神が骨の髄まで浸透しているらしい。受け継ぐならもうちょっとマシなものが良かったな。
ずらずらと皆は退場するが、俺はそうもいかない。今からは片付けという面倒くさい仕事も残っている。ただ唯一の利点がこの仕事には存在する。それは教室に入る時、「体育委員でしたー」と言うと10分くらいの遅刻は無言で許してもらえるのだ。これをフル活用しない手はない。俺は認められる方法ならいくらでも授業を休める人間だ。罪悪感なんて保育園のおもちゃ箱に置いてきたさ。
「今日はありがとね!やっぱり有馬くんは頼りになるなー」
ニコニコ笑顔をぶら下げながら玲奈が片付けに加わる。
「ソデスカ」
運動音痴な訳ないだろうと実は心の中で疑っていた。だけどこっそり体育中に玲奈の方を見てみるとまぁ酷い。1人でバトミントンのラケットを不細工な恰好で振っていた瞬間を目撃してしまった。思わず心の中で謝ってしまったよね。保育園から取ってきた罪悪感が胸を締め付けてそれ以上見ることは無かったけど。
「それでさ。有馬くんが玲奈の方をチラチラって見てたでしょ」
ちょっと意地悪そうな笑いを含んで俺の前に立つ玲奈。
「いやいやまさか~」
適当に流しながらラケットの束を玲奈に半分押し付ける。
「本当?今なら玲香に言わないよ?」
「はい!見ました!」
くそっ。背に腹は代えられない。
「わお!180度に意見を曲げるの早すぎない?」
「世の中、やっぱり素直が美徳だからな」
「やっぱり玲香に言おーと」
「絶対見てないと無罪を主張してやる」
「360度変わっちゃったよ・・・」
2人の視線が偶然合う。自然とちょっと笑いが出てきた。
「いやぁ~恥ずかしいところ見られちゃたね」
服をパタパタと仰ぎながら玲奈がちょっと俯きがちに言う。
「そう?あの程度の運動音痴なら世の中に100人くらいはいるぞ」
「100人しかいないんだね・・・」
さらにトーンを落としてしまう玲奈。うん、頑張れ。
「ま、そういうことじゃなくてさ」
「玲奈がずーと1人ぼっちだったこと」
「・・・ずーと?」
「そうそう。見たでしょ?」
いやいや見た時は確かにボッチちゃんだったけど・・・。
「あの後のペア練習もだっけ?」
「そうだね~。ペアは空想玲香だったよ」
「その後の試合形式もだっけ?」
「それはチームには入ってたけど、藤野さんは見とくだけで良いよ!って言われたなぁ」
「ほうほう。初耳だね」
「え?」
どうやら俺が見た一瞬だけじゃなかったらしい。どうやら学校一の美少女とか言われちゃっているこの女子。ただならぬ扱いを受けすぎて究極のボッチになっている。
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