第5話

 体育。高校教科の一つである。生徒からの人気は一定数を常に得ているが、それは体育そのものが好きと言うよりも、英語や数学よりはマシだという消去法から来ている。


 咲良高校では一クラスごとに行われるタイプの授業ではなく、一学年六クラスを半分に分けた三クラス合同授業である。例えば、一年生の木曜一限は一、二、三組が体育。二限は四、五、六組が体育となっている。


 有馬傑は二組、藤野香奈は四組、藤野玲奈は一組であるため、有馬傑は木曜一限を藤野玲奈と一緒に受けることとなっている。


「おーい、心も体も恋心もここに在らずといった感じだぞ」


 目の前で手をブンブン振る遼を残念な目で見つめる。


「お前の恋心は存在すら許されなかったから可哀想だよなぁぁぁぁぁって痛いわ!!!!」


 気が付くと、無表情で圧をかけながら俺の右足を全身の力を使って壊そうとしている親友の姿があった。


「聞き間違いかもしれないからな。ほら、もう一回言ってみなよ」


「・・・・ナンデモアリマセン」


 身の危険をかつてなく感じている。野生の頃を思い出した有馬傑は強い。


「そうかそうか。それは良かった・・・・」


 右足が解放される。大丈夫かな・・・・壊死していないよね、僕の右足。


 恋に破れた男は常軌を軽々しく逸する。これからの人生で役に立ちそうで立たなそうなことを学んだ。


「ほらほら・・・・今日の当番って藤野さんでしょ?」


「ホントだ!!!! 私、声を始めて聞くかも!!!!」


「それはないでしょ。でも怖いから笑ったりとかしちゃったらヤバいよね」


「軽く殺されそうよね」


「遺書書く?」


「「書こう」」


 物騒なヒソヒソ話が俺と遼の前を通り過ぎる女子達から聞こえてきた。・・・・そうか、最近の生徒会で慣れてきたけど一般的な認知では藤野玲奈はただの誰とも話さない怖い人。でも、そこまで恐れる存在か? あの女子達、遺書書く気満々だったぞ? 


「藤野さんが当番なのか~・・・・マジで!?」


 同じように女子達の会話を聞いていた遼が何かに驚く。


「そんなに驚くことか? 当番が回ってくることは普通だろ?」


「あんな人を前に出して体操させるとか正気か!? 絶対あの絶対零度の視線にやられて失明するやつが出てくるぞ!!」


「メデューサ扱いかよ」


「メデューサの方が可愛いだろ!!! そうだろ? 同じ生徒会役員としてお前もそう思うだろ!?」


「いやぁ・・・・別に・・・・」


 思わない。ただのポンコツ娘と知っているから。


「マジかよお前・・・・」


 若干引いたような表情を見せる遼。何で俺から引くんだよ・・・・。


 まぁ、想像は出来ない。あの藤野玲奈が当番をこなしている姿を思い浮かべることは、残念ながらこの低スペックな脳みそでは難しいらしい。


 当番。その時限限定の体育委員みたいなもの、と言ったら簡単に説明出来る。


 皆の前で大きな声を出しながら準備体操をし、道具を体育倉庫から取ってきて、授業終わりには片付ける。完全ランダム性なのだが、今日は運悪く藤野玲奈が当たってしまったらしい。そういえば、先週の授業終わりに発表されていたな。思い返せばそうだった。


 ・・・・ん?


 先週、体育、当番?


「なぁ、遼」


「なんだいリンカーン」


 何でリンカーンに改名されているのか不明だが、そんなことは気にせずに彼に尋ねたいことを聞いてみる。


「もう一人の当番、誰だっけ」


「知らないわ。俺は俺以外の事を覚えてない・・・・いや、覚えていたわ」


 ゴクリと喉を鳴らす遼。彼の手はいつの間にかに俺の肩へと乗せられていた。


「お疲れ様です。これまで、ありがとう」


 そして、どこかに見送るような柔和な笑顔で遼は俺を見ていた。


 思い出した真実はしまっておきたかった。


「マジ? 俺?」


「おう、お前」


 そう、何を隠そう有馬傑。今日の一限の体育。当番でした。

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