第3話

「そう、そこなんだよな。俺たちは全く違う印象を抱いていたぞ? な、有馬?」


 会長がゴソゴソと事務作業を机で行いながら、思っていることを言語化してくれる。筋肉にしか脳がないタイプの人かと思っていたけど、認識を改めなければならないらしい。まぁ、それもそうか。ここら辺の地域では名高い咲良学園の会長なのだ。


 高校だけで全校生徒1,300人。少なくない生徒が県外から来ている程の人気ぶり。そんな高校の会長はまともじゃない人では務まらないに決まっている。


「おい、有馬。お前なんだか失礼なこと考えてないか?」


 不審な目を俺に向ける先輩。


「いやいや。先輩を脳に筋肉が侵食している常人離れした思考回路の持ち主だなんて思っている訳ないじゃないですか~」


 危うく本音がポロリと飛び出るところだった。やはり、この先輩は只者じゃないな・・・・。


「それ絶対本音だろお前・・・・・・」


 何かを震えるようにボソッと言う先輩と絶句している藤野姉妹が視野に入る。どうした? ゴキブリでも生徒会室に侵入したか?


「というか藤野姉妹の話じゃないですか。とにかく、俺は何個も噂を聞いてますよ。例えば・・・・」


 呆然としている先輩に、知っていることを話だす。


 藤野姉。藤野玲香にまつわる話。


 笑顔が顔から絶えることはなく、頼まれたことは何でもこなす。聞かれた質問は丁寧に返し、面倒くさい先生に絡まれても嫌な顔一つしない。先生からの頼まれごともよく引き受けているらしい。クラスメイトからは神聖視されているという噂を何度も聞いたことがある。


「あー・・・・」


 そんな話をすると、どこか気まずそうに藤野玲香は謎の音声を発して目を逸らした。あれ? 俺、なんか違う事でも言いました? でもそんなことは無いよな。しっかりこの目で何度もニコニコしている藤野玲香を見ているし・・・・。


 少し、ほんの少しだけのモヤモヤを抱えながら藤野妹、玲奈にまつわる話をする。


 常に険しい表情。孤高という表現が一番ピッタリくる存在。また藤野玲奈に話しかけようとすると、言われはしないが「何? 何か用?」とキツイ目で伝えかけてくるらしい。話かけようとした人は二度と彼女と目を合わせたがらないという伝説が出来ている程だ。


「あー・・・・」


 そんな話をすると、どこか気まずそうに藤野玲奈は謎の音声を発して目を逸らした。あれ? デジャヴ? ついさっきもこんなことがあったような・・・・。


「俺もそんな感じの噂を聞いていたな。間違いない」


 いつの間に正気に戻っている先輩が俺の意見に同意してくれる。


「それ~。言われてみれば聞いたことあるかもしれないわ~。はい、紅茶ですよ~」


 そう言いながら副会長が紅茶を各自の前に置いてくれる。


「それで、どう? 俺、めちゃくちゃ気になるんだけど・・・・」


 下を向いて黙ってしまった藤野姉妹に話しかける。


「「・・・・」」


 茶葉の香りが鼻孔を擽る。きっといいモノを使っているのだろう。


 沈黙を破ったのは玲奈だった。


「あのぉ・・・・正直、そんな風になっていたとは思っていなかったんだけど・・・・」


 頭を掻きながら、恥ずかしそうに口を開く。


「玲奈、目が悪いから話しかけられる度に目を細めていただけなんだよね~・・・・」


「友達一切出来ないなぁ・・・・なんては思っていたけど・・・・こういうことだったとは・・・・ハハハ・・・・」


 悲しそうに笑う彼女。


「「「・・・・」」」


 僕と会長、副会長はただ黙ることしか出来なかった。


「玲香は・・・・心当たりがあるとすれば・・・・ただ人と話すのが苦手で・・・・」


「緊張で常に愛想笑いを浮かべているだけなんだよね・・・・先生からの頼みは断れないし・・・・」


「昔から沢山人がいる所が苦手で・・・・今みたいに数人だけなら大丈夫なんだけど・・・・」


 テヘッと恥ずかしそうに舌を出す玲香。


 彼女達の話を聞いて、僕のこれまで積み上げてきた彼女達のイメージ像は音を立てて崩れ落ちた。


「・・・・つまり、姉はただのコミュ障で妹は視力が悪いだけってこと?」


 手に入れたあまりにも薄すぎる情報を彼女達の前に整理して置いてみる。


「「そういうこと!!!」」


 やっと理解してくれたとばかりにグッドマークを突き出す彼女達。


 どうやら僕は・・・・いや、人間は。


 外面だけでは、全てを知るどころか一を知ることもできないらしい。

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