第10話 彼らしい
私はいつも停滞している。ここではない場所をなぜか求めているように感じる。こんなどうしようもない言葉も今の私にひどく合っていた。
私の周りがつまらないんじゃない、私がつまらないんだ。すべてが無だと悟ったつもりになって眼前の喜びや悲しみを汚してしまった。
私は、私が物事をそんなに深く考えていないことをよく知ってる。
なけなしの自尊心を盾に外に出て、他人に少しでも私を大きく見せる、そしてこの空っぽな自分に嘘をつき続けた。まるで過酷な人生を歩んできた様に生を強く感じてみせる私は、虚勢を張って自分を深く見せる虚しい充実感から抜け出すことは出来ないだろう。
彼に会ってよかったと心からそう思う。この馬鹿みたに枯れた思想に彼が色を混ぜてくれて、私の日々は大理石のように綺麗になった。こんなにも日々が映えるなら逃れられない虚しい充実感を今まで感じてきて良かったとさえ思えた。
抽象的なものが、具体的なものへ移る。私は一生これを削って生きていける、そんな気がした。
「なぁ、なんで城山公園なんだ」
少し息が上がった彼が聞いてきた。
「好きな場所なんです、小さいころによく父が車で連れて行ってくれた場所なんです」
「最近はいかないのか」
「はい、だから楽しみ」
私は怖いけど、彼を抱きしめた。重心が動いたのか自転車が揺れる。
彼の背中に顔をうずめて昔の記憶を呼び覚ましてみよう。
すべてが新鮮で、私の言葉一つで見方が変わるあの頃を。忘れたふりをしていたけれど覚えていたあの頃を。
「あ、やば」
自転車が徐々に失速し、彼の呼吸が早くなる、何かあったのだろうか。
「どうしたんですか」
「電動自転車の充電が切れ、なおかつパンクした」
「不幸中の不幸ですね」
「幸いがほしかったなぁ」
「どうします、私を抱えて歩いていけます?」
「なんでだよ、お前も歩けよ」
自転車はコンビニにおいて私たちは歩いた。体力のない私はすぐに疲れて休んでしまうがきっとこれが正解だったと思う。自転車が使えなくなった時、どこかで新しい自転車を買おうと思ったけれど、そんな考えはすぐに消えた。彼と一緒に歩けるならどうでもよかった。最初からこうすればよかったのだ。
寒さで吐く息が冷たい、喉が冷たくなっているのがわかった。彼の温もりを求めて私は彼の腕に身を寄せた、黒いトレンチコートの肌触りの良い生地が頬にあたる。コート越しに彼の息遣いが伝わってきた、私と違って安定したそれは私を安心させるのには十分なものだ。彼は変わらず携帯を駆使してルートを模索していた。
道中、私たちは珍しくあまり話さなかった、「寒くなったね」とか「すぐに冬が来たね」とかそんなことくらいしか喋らなかった。私はこの幸福感を言葉にしようとしたけどやめた、言葉にしようとしても正確さが蜘蛛の糸のように絡みついて邪魔をするのだ。私にはどうしようもできない。
「あれ~、ここでもないなぁ」
彼は、携帯とにらめっこしてよく止まる。間違った道を行ってまた引き返して同じところへ戻ってくる、これを何回か繰り返した。
私はここの地理に詳しことを自負しており携帯でルートを検索してそれを見たら大体の道は解るし、彼のようににらめっこをしないで案内できる自信はある、でも私が口を出したら何かが損なわれてしまうように感じた、だから私は彼にただついて行き彼が求めていることを邪魔しないように努めた。
はぁ、と息を吐く。視界がやけに透き通る、こんなに視界が透き通ったのは初めてだ。私も彼も感情を情景に無骨に当てはめることは嫌いだ、でもこの視界はあまりにも透き通っていた。私は彼と少し離れて近くの枯れ木を見に行った。彼は私が急に活発になったのが不思議だったのか少し驚いた表情をしていた。
その木は少しばかりの茶色い葉しか残っておらずどんな花や実をつけるのかも想像できない、でも私の目にはすごくきれいに見えた、何でもよかったのだ。私はその場でくるりと回って彼のもとへ帰り再び身を寄せる。寒さで硬くなった頬が緩み熱を持つ。
「やっぱ寒いなぁ」
「…うん」
私は小さく相槌をして、彼の横顔を見上げる、彼らしい顔がそこにはあった。
枯れ葉が流暢に舞い鉛色のアスファルトに落ちる。私たちの世界に関わろうともせず無機質に落ちたそれは、夏をひどく遠いものに感じさせた。
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