第3話 百枚金貨
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「女将さん、すみません、女将さん」
戸を叩く音に下を見れば、そこには先日自分から身売りをした少女がいた。
以前とは打って変わって身ぎれいにしており、玄関に出た女将へ丁寧に菓子折りを渡しているようである。女将も微笑んで明るく応対をしている。
「ああ、ティナちゃん? これがさあ、すごい偶然の連続なんだよね」
「……なんにしろ、よい結果だったようですね」
「薬屋さん、いまあたしから聞くの露骨に避けなかった?」
「後で女将さんにでもお聞きいたします」
「いやこれが聞くも涙、語るも涙、曲がる角には棒が犬ってやつでね」
この置屋ノルンの少女の話をかいつまんでしまえば、百ゴールドというお金がいくつもの手を通って貴金属店シェラインにたどりつくまでの話であった。
「でさ、なんと小僧に五十ゴールド投げたのがティナちゃんのお父さんだったの」
「それはまた、不思議な巡りあわせですね」
「シェラインの旦那様がそのお父さんの清々しさに惚れこんじゃったみたいでさ」
アラディアは話を聞きながら化粧品を広げていく。
エドモントン市は国の中心部だが、流行の中心は西にある交易都市リュテスである。そちらで仕入れた最新の品は、仕入れの何倍もの値段で売れる。
「親戚づきあいをさせてくれなんて言ったらしくて、それでさ、そこの小僧と」
「その小僧というのは、あちらの方ですか」
「ん? あ、そうそう、あんにゃろ、あたしのティナちゃん奪いやがって」
女将さんに冷やかされながら、迎えにきた青年とティナが帰っていく。
「奪うとは?」
「あの二人を結婚させて親戚づきあいするんだって。もともと知らない仲じゃなかったみたいで、なんかみんな幸せ顔しててさ、ティナちゃんとこの借金も返しちゃって」
「情けは人のためならず、というものですね」
「そうなの?」
「誰かのための行動は、まわりまわって自分にかえるものです」
「そんなもんか」
「ええ、その逆もまたしかりです。誰かの運命を奪えば、運命が奪いにくる」
「ふーん……あ、これ、この紅!」
並べた化粧品の中から、口紅を置屋の少女は手に取る。
「これヨーク市の口紅じゃん! すっごい高いやつ!」
「よろしければ、差し上げましょうか」
「え、まじで?」
「情けは人のためならず、です」
「よーし、さっそく使って……」
アラディアの責めるような視線に、少女は口紅の蓋を閉じる。
「ま、そういうことだよね」
「そういうことです」
少女は部屋を出ていき、ティナと青年の後を追いかけて声をかける。
ひとり部屋に残ったアラディアは咳をする。外は晴れ。春の日差しを浴びてあの二人はきらきらと輝いて見えた。もしもあの運命を奪っていたら、どうなっていただろう。
暗い室内で、アラディアはパイプを吸う。
「……ごほっ」
また、血が混じったようである。
――第3話 百枚金貨 了――
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