第2話 仇討ちの魔剣
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「やあやあ、来たかティトゥス。この年月の艱難辛苦。ここで逢ったがウドンゲの花咲き待ちたる今日ただ今。親の仇、いざ、尋常に勝負いたせい!」
カタノヴァ町の広場で、ミルダ役に扮した大工が口上を言い放つ。
広場の周囲は噂を聞きつけてきた物見高い町人たちで溢れかえっており、黒山の人だかりである。ティトゥス役の八百屋が憎たらしく演技をすると、ブーイングが溢れる。
カタノヴァの馬場のほうで、騎士の一団がそれを見下ろしている。
「あれが俺だと? はっ、やはり人違いか」
ヒゲを蓄えた軽薄そうな騎士がそう吐き捨てる。
「ティトゥスというのはあなたの以前の名前でもありましたか」
「ああ、同名の別人などいるのかと思ったが、居るところには居るものだな」
「ところで、ずいぶんと物々しい人数ですが」
あたりには二十人ほど、武装した騎士たちがいた。
甲冑こそ着こんではいないものの、剣や槍、中には弓を携えたものまでいる。ちょっとした合戦にでも向かうような具合である。とても物見遊山とは思えない。
「なに、ちょっとした備えよ」
「お控えください。マヌエル伯爵に目をつけられてしまいますぞ」
「ふん、伯爵が何するものぞ。大叔父上のほうが爵位は上なのだ」
「フラウ侯爵も大変な時期でございますから」
眼下でわっ、と歓声があがる。
ミルダとティトゥスが切りあいをはじめたようだ。
町人たちは熱狂し、押すな押すなの大騒ぎである。騎士たちもみな一様にそちらへと目を向けている。ウッドロウが一夜で仕込んだにしては、なかなかよくできた殺陣である。
観衆の声が耳をろうするほどになったころ、
――かあ
カラスが一羽、近くで鳴いた。騎士たちが今度は、一様に顔を少しあげる。
鳴いてすぐ、カラスは飛び立った。
「
いつからそこにいたのか。
若い騎士が一人、軽薄そうな騎士の横をすり抜けて広場のほうへ目をやった。
「……どこかで会ったか?」
「はい、十二年ほど前になりますか。一度パーティの席で」
白い騎士服に身を包み、腰には一剣。
灰色の目が嘲弄するようだった。
「ウッドロウ・ケイプと申します。幼名はミルダ。久闊だ、ティトゥス」
「なに、きさま」
騎士たちが色めきたつ。
「つまり、広場の余興もきさまの仕組んだことか。下らん真似を」
「こうしなければ、こもって出てこなかった」
「大した自信だ。よかろう、一手見てやる。かかってこい」
ティトゥスが吠えると、ウッドロウは笑った。
「く、くく、くくくくっ」
「なにがおかしい!」
「呑気な男だ。いまさら、失敗するような危険を冒すと思うのか」
武器を掲げようとした騎士の首が、ことりと地面に落ちた。
「オペラの復讐劇ではないのだ。始末をつける前に、わざわざ声をかけるとでも」
地獄のような光景が続いた。
動いた騎士から、次々と首が落ちていく。あたりが瞬く間に赤黒く染まっていった。怖気づいて逃げ出そうとするものも勇ましく槍を持とうするものも等しく紅の池に沈む。
「なっ、ま、待て、助けてくれ」
ティトゥスは恐怖に手を震わせる。
「俺は、遠縁とはいえフラウ家だ。なんでもやる、なんでもする、だから」
「伝えることが二つある。一つ、死んだ人間は助からない」
最後に、ティトゥスの首が外れていった。
「二つ。フラウ家は、あなたというスキャンダルを皮切りに伯爵が潰すそうだ」
ウッドロウの剣が鞘へと収まり、軽い金属音が響く。
広場ではミルダとティトゥス、双方が剣を引き、余興であったことをばらした。友人を元気付けるためという話になると拍手が広がり、集まった群衆たちはそのまま宴会へとなだれこみ、馬鹿騒ぎが広がる。そんな喧騒を背にウッドロウは赤い雨を浴び続けた。
「――く、くく」
その光景を、離れた二階建てのカフェからアラディアは見た。
噴きあがった赤色はあまりに激しく、まるで。
「お、花火かい? 景気がいいねえ、あの野郎ども金かけやがって」
ペッシェは嬉しそうに言い、隣の妻と双子の赤ん坊に笑いかけた。
「なんだかすまねえな、薬屋さん。友達が迷惑かけちまって」
「いいえ。よいお友達をお持ちですね」
「ああ、こんな特等席まで用意して、俺のためにあんな、あそこまで……」
涙がもれかけるペッシェを、その妻がなだめた。
「すまねえ。まったく、俺は果報者だ」
「……かわいいお子さんです」
女の子の赤ん坊が、アラディアへ笑いながら手を伸ばす。
「家のことで悩んでたが、やっぱり子はかわいい。おとっつぁんとおっかさんも初孫を見て、流すなんてできねえと泣いてましたよ。助けてくれる友達もいる。ありがてえ」
「そう、死ぬよりは、生きるほうがよいものです」
「まったくで。子供は流せねえ。こんなにかわいいんだ。家よりも、大切だよ」
アラディアは窓の外を見た。
馬場のほうで、まだ一人の男が立っている。
首を掲げて笑っているようだった。
「家よりも、子供は大切……」
アラディアは彼を見続けた。なにが彼をそうさせるのか、その大本がなんなのか、アラディアは知らない。ただ背を曲げて笑う彼の姿は、どこか玩具で遊ぶ子供のようで。
あるいは、それは地獄に住むという、
〈魔犬〉
の、ように思われた。
――第2話 仇討ちの魔剣 了——
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